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オランダの学校教育11 「個」と「共生」を教える公民教育
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リヒテルズ直子さん
Date : 2003.03.12
Number : 011
ML ID : [diversity:1018]
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「公民科」という教科は、実はオランダにはない。中学生の必修科目として「ケア(管理)科(verzorging)」という科目があり、高校では「社会科(maatschapijleer)」がある。これらが、日本の「公民科」には一番近い科目ではないか、と思う。中学の「ケア科」では、自分と他者を「個人」として尊重すること、その肉体的かつ精神的な健康と福祉を守ること、常に変容する生活環境の中で自らの家庭生活とその周辺の環境を守ること、自己管理の実践的な体験、種々の福祉専門家の存在を知りこれを利用する力を身につけること、などが目的とされている。したがって、ここには、日本の中学校の道徳、保健、家庭科の要素が含まれている。ここで、とても興味深いのは、「ケア科」の最初で、まず、「個」と「社会」の概念について取り上げ、「すべての個人は異なる存在である」「だから個々の個人は異なる選択をする存在である」ことを様々な例をあげて子どもらに自覚させようとしていることである。そして、「社会とは、そのような異なる存在であるいくつもの個人の共存した共生集団である」と教える。この根本概念を教えて、後に、「性」「麻薬」「娯楽」「大衆メディア」などのテーマを取り上げ、健康管理や犯罪などとの関係で説明し、考えさせる、というのが「ケア科」の主旨である。
高校の「社会科」になると、「ケア科」の基本的な要素を受け継ぎながら、内容的には、もっと「科学的アプローチ」を取っている、というか、「社会学」「政治学」「行政学」「法学」などといった、社会科学の入門、のような体裁になるひとつの例だが、「社会科」の教科書の目次を取り上げてみよう。
* 政治決定の形式
法治国家と民主主義
国家行政
政治決定の形式
政治的党派と政党
政治革新
* マスメディア
社会化と文化
メディアとコミュニケーション
メディアの種類
ニュースはどのようにつくられるのか
メディアの影響
メディアと政府
* 労働
労働の意味
労働均衡
政府と経済
福祉国家
重圧下の福祉国家
福祉国家の修正
労働市場の開発
* 犯罪
犯罪
犯罪の原因
犯罪との闘い
司法官
訴訟
懲罰
市民の権利
内容を一つ一つ紹介できないのが大変残念だが、前にも述べたように、教科書検定制度のないオランダでは、このような科目を社会内のいろいろな集団の立場を反映する教科書の書き手らが作っている。言うまでもなく、「市民の権利と社会の成員としての義務は何であるのか」を書き手は伝えようとする。検定による上からの強制はない。だからといって極端に走ることは、これも社会が許していない。自由社会の自浄作用が働いている。
付録:『オランダ通信』([LINK])より
娘の教科書より(第14号身辺雑感、2001.1)
中学と高校に通う二人の子供たちの教科書を覗いてみました。日本の今の中学校や高校のことをよく知らないので余り比較の意味はないのかもしれませんが、それでもいろいろと興味深いことが沢山あります。とくにうちの娘が宿題にふうふういって助け船を求めてくる時など、「歴史」や「地理」の教科書を読んで、その内容にかなり明確な世界観や歴史観があることに気づかされます。それよりなによりオランダの中学校とはなんと「考えさせる」訓練が多いことかとほとんど感歎させられることすら稀ではありません。
それらの教科書の内容をこれから折りに触れて時々紹介していきたいと思います。
ところで、オランダの教育には『自由』という考え方が厳として存在しており、昔から各々の学校は各々の倫理観や教育信念にしたがって独自の教育を与えてきました。しかしその伝統を踏まえつつも、現在は教育内容の水準を維持するために文部省がかなり基準を設けて各学校に義務化を与えるよう担ってきています。とはいえ、中学校の学校指導要領(といっても日本とは比べものにならないくらい大雑把なアウトラインに過ぎませんが)ができたのは90年代の半ばです。
ところでこの学校指導要領によって現在中学生に義務付けられている科目のひとつにverzorgingという科目があります。これは直訳すると「管理」とか「ケア」という意味の言葉ですが、多分日本の例からすると「保健」と「家庭科」と「道徳」と「公民」の一部ずつがまとまったものとでもいえばよいでしょうか。
この科目は子供達はあまり好きな科目ではないようですが、中身を見て見ると、現在のオランダ社会の物の考え方をよく反映していて大変興味深い科目です。
つまるところ教育、とりわけ義務教育というのは、子供を独立の個人として社会に送り出すことに目的があるわけで、そう考えると、教科書に現れる考え方というのは、学校を通してその社会が「独立の個人」たるものは「何を知るべきか」を示している、とも言えます。
それで今回はとりあえずこの科目が取り扱うものがなんであるのか、それだけ紹介させてもらいます。項目によって興味深い部分は次の機会に詳しく御紹介します。
テーマ1 ケア あなた自身のための科目あなたのためのケア、ひとり一人異なる存在、あなた自身が選ぶ、他の人々と共に、こうして自分を守ろう
テーマ2 あなたの外観あなたの見かけ、あなたは変わる、衣服の機能、衣服に含まれるもの、衣服を選ぶ、衣服のお小遣い、
テーマ3 あなたの健康健康と病気、生活様式とそれによる病気、感染病、あなた自身と他の人のケア、専門家のケア、
テーマ4 嗜好アルコール、自分自身で決める、タバコ、カナビス(マリファナ)、賭博、嗜好について話合う、
テーマ5 人間関係思春期と人間関係、セクシュアリティと人間関係、コミュニケーション、共同社会、いろいろな人々、人間関係にかんする若者向け雑誌、マスメディアと人間関係
テーマ6 あなたの家で家事の今昔、方針を持った家事、洗濯、散らかったものを片付けよう、家事支出、子供にも洗濯はできる、
テーマ7 あなたの食べるものなぜ食べる?、健全な食物、バランスは?、何を買い、保管し、食べるのかに気をつけよう、食物と習慣、さあではテーブルへ
テーマ8 余暇と仕事計画をたてる、余暇、仕事、仕事と健康、男と女の仕事、外出の計画
いかがですか、目次を見ただけでも興味しんしんでしょう。オランダの子供たちが置かれている社会環境の問題の多さをも反映しているような気がします。しかし日本の子供達にだってきっといろいろな問題は迫っているのに違いない。ふたつの社会がそれらにどう取り組んでいるのか興味をそそられます。
「個」と「社会」について教える(第15号身辺雑感、2001.5)
前回ご紹介した中学1年生の「保健・家庭・道徳科」とでもいうVERZORGINGという科目には、まず第1章で「個」と「社会」の概念について取り上げます。
はじめに次のような文章で「すべての人はみな違う」ということを教えます。
『すべての人は異なる存在です。別の言い方をすれば、すべての人はユニークであるといえます。ユニークとは只一つという意味で、他とは違うということです。あなたは他の人とは違う外見を持っているし、あなたは他の人とは違うものを美しいと思います。自分の兄弟や姉妹とでさえも異なります。すべての人は違う、ということについて『個人』という言葉を使うことも出来ます。『個人』とは一つの全体として固有の性質を持った人という意味です。そしてすべての人は独自の性質を持っているので、自分を大切にするためにそれぞれ違ったものを選びます。たとえば石鹸でも食べ物でも自分で選ぶのです。』
そして次の項目では、人はそれぞれ異なる性質をもった存在であるからこそ、異なる選択をするものであること、その選択の理由を自ら自覚することの必要などが易しく説かれます。そして『個人』の選択に影響を与えるものとして、友人、家族、学校やクラブ、などの存在に気づかせます。続いて、当然のごとく出てくるのが『社会』。
『個人であると同時にあなたは社会的存在でもあります。社会的、というのは、あなたが、たとえば、家族や近所の人や友人などといった、他の人々の間で他の人々と共に生きているということです。人々の大きな集団が生活する様式を「文化」といいます。オランダのすべての人はほぼ同じ法律のもとにあります。すべての子供たちはオランダの学校に行き、そこで大体同じことを学びます。オランダの多くの人々はおよそ同じ習慣を持っています。私たちはおよそ同じ文化をもっているということです。しかし他の習慣を持った人々もたくさん暮らしています。それは、オランダには他の文化から来たいろいろな人々のグループが生活しているからです。だから、オランダのことを多様な文化の共同体、と呼ぶことが出来るのです。』として、一つの社会にもいろいろな文化が共存したり、また一つの文化に他の文化の影響が現れること、その一例として、オランダでも盛んな『バレンタインデー』がもともとはアメリカから来て盛んになったものである、ということなどに注意をひきます。
こういう教え方には、『個』としての自分を知ることの大切さ、そして、その『個』が拠って立つ影響の源としての『社会』と、また逆に『社会』というものが種々の『個』の存在によってダイナミックに変化するものである、という考えを基本としていることがはっきり伺えます。平たく言えば、『個人』あっての『社会』であり『社会』あっての『個人』ということでしょうか。
『個人』の選択とか責任とかを語る場合、『社会』を抜きにすることは出来ない。それを教えることが、この科目の最初の課題です。その後に続いてくる、「性」の問題を伴う男女関係について、生活を楽しむための『娯楽』のあり方、麻薬などの問題を含む健康管理、等々の問題を取り扱うにあたって、まず何よりも『個』と『社会』の概念を子供たちに明確に自覚させることが必須、ということなのでしょう。
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