| |
|
|
オランダの学校教育6 フリースクールを巡る議論・その特殊性
|
|
| | |
|
リヒテルズ直子さん
Date : 2003.03.07
Number : 006
ML ID : [diversity:0981]
|
|
|
|
| |
シュタイナーの提唱するアントロポソフィという世界観・哲学に基づくフリースクールは、世界に六五〇校に及び広がり、日本でも割合によく知られている。『刷新教育』の中でも、日本人には特に知名度が高く、ヨーロッパに滞在することになった日本人が「何とか自分の子供をフリースクールへ」と情熱的に学校を探す、という例をしばしば耳にする。おそらく、日本人には、『個性の尊重』という点で、『フリースクール』の情報が先行しており、他の選択肢を知らないだけのことではないのか、と薄々感じている。
オランダでの『フリースクール』のイメージは、多分日本人のそれとは若干異なるのではないかと思う。
オランダでは1923年に、ドイツの外では始めてのフリースクールとして、最初の学校がハーグに設置された。1973年までは10にも満たなかった学校が、73年以降急に70校以上に増加している。それは、他の『刷新教育』の人気の増大ともある程度歩調を合わせたものであったといえよう。
自然の素材を使って四角四面の空間を排した施設、自然とのふれあい、父兄や保護者の教育への直接参加などといった特徴は、戦後の経済発展を達成したオランダの『時代の風潮』にあっていたのかもしれない。だが、他の『刷新教育』に比べると、『あれはヒッピーの学校だ』『あれは芸術家が子供に行かせたがる学校だ』などというイメージが皆無だとはいえない。
『フリースクール』の『フリー(自由)』という言葉が、誤解されている向きもある。ここで学校が意図しているのは「国家の干渉からの自由」という意味での「フリー」である。実際『フリースクール』は1997年まで、オランダの教育法制が規定する初等・中等教育の修了証書の基準やそれぞれの段階の学科基準などの枠を拒否して、全く独自のプログラムと修了資格で教育活動を行ってきた。そのために、フリースクール以外のすべての学校が公私立の別なく平等に受けている政府の補助金を一切受け取らないで、独立の教育機関として存在してきた。政府の補助がなければ、教育活動の一切の費用は父兄の負担となる。校舎の設置・維持、校庭の管理等一切が父兄の協力で賄わなければならない。そのことは、フリースクールがいかに『個性尊重』の『理想的』な人間教育をするものであれ、子供をここに送ることの出来る家庭の条件として、社会階層のある程度の高さが必要になることを意味する。経済的余裕がなければ子弟をフリースクールに送ることは出来ない。
しかも、90年代の半ば、あるフリースクールの父兄が、教職員の『民族差別発言』に疑問を呈してメディアに訴えたことがきっかけで、シュタイナー思想の民族差別性が議論され、フリースクール側はこれについて言い開きをしなければならなくなった。ドイツのナチズムに対するオランダ人一般の過敏さも少なからず関係していると思う。その結果、フリースクールは、97年末、国家の教育規則への妥協を決め、2000年以降国家の修了資格基準へ適応することになり、教育内容も大幅に再編されることになった。
|
|
|
|