〈教育の多様性〉の会
  〈教育の多様性〉の会・メーリングリストより
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  はじめまして
リヒテルズ直子さん

Date : 2002.12.04
Number : 004

ML ID : [diversity:0505]
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これまですでに何度か小貫さんに紹介していただいたリヒテルズ直子です。
20年以上前に日本で比較教育学としてヨーロッパ及びアジア諸国の教育制度・政策を学び、その後、アジア・アフリカ・ラテンアメリカの各地でをオランダ人の夫とともに子育てをしながら暮らしてきました。そんな体験を通じて、6年余り前に帰還してきたオランダで、教育ウォッチを続けています。初めは、教育・学校に関心を持っていましたが、本来、教育というものが、次世代を『社会化』する、すなわち、社会そのものについての考え方を教えることである、ということに気付き、オランダの教育を取り巻いている社会の姿そのものへと関心が広がり、現在、『オランダ通信』として、オランダの時事(現今の国内外の問題をオランダ人は々議論しているのか)、社会事情、教育事情についての報告を自費で続けています。
日本は、先進国に限らず、世界全体から見ても、非常に『画一性』が強い国です。この『画一性』が、戦後の経済発展でプラスの効果をもたらしたことも事実です。しかし、国民の福祉という観点からすると、その目覚しい経済発展の時期に私たちがほんとうになすべきだった『市民の自主性による民主化』をないがしろにしてきた、という点で、大変不幸なものであったことは、明らかです。そのことは、今、不況になってみてやっと気付いていることでもあります。寧ろこの不況こそが、市民参加や民主制の発展に寄与するかもしれない、という点では、今の日本は様ざまの潜在的な可能性を秘めている、と考えたいと思います。
私は、長く外国に暮らしましたが、外国から報告されるものに関して『あまりにも日本そのものに否定的で、自分だけが安全なところに身を構えて、安っぽい批判をする』ように思えることがしばしばです。外国にいても、日本人である根を否定することは出来ません。『日本人』としてどう(世界)社会に参画するか、という意味で、『日本』の根を断つことは無責任です。ことに、戦後処理問題を考える時、日本人が日本国内で知らされていないどんなに大きな『日本』の歴史があるか、ということに、一歩日本を出れば気付かされるものです。そういう観点からしても、一日本市民である父兄が、自分は自分の子供にこういう歴史をこんな風に伝えたい、ということが可能である社会でなければならないし、そうすることが『特殊』ではない、子供自身も他の子供と連帯していろいろな日本及び世界を巡る現実のさまざまの問題を議論する知識と力を身につけなければいけない、と感じています。
そのために、外国のものを接木として利用するのでなく、日本国内の議論と重ね合せ、ひとつの世界に普遍の『絶対的価値』としての『人権』とは何か、というところから日本の教育や社会を変えていかねばならない、と感じています。そのために役立つオランダの情報をどうぞご利用ください。また、質疑・議論にも可能な限り応じたいと思っています。どうぞよろしく。

 
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