〈教育の多様性〉の会
  〈教育の多様性〉の会・メーリングリストより
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  政治の次元と文化の次元
古山明男さん

Date : 2002.12.10
Number : 003

ML ID : [diversity:0560]
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古山です。
 藤原さん、お嬢さんが何かを取り戻したこと、よかったですね。
 日本の教育に問題があるとして、なんとかできないかとやっているわけですが、これに二つの面があると思います。
 一つは、教育が国家統制されていて身動きできない問題。もう一つは、教育の内容とやり方の問題です。
 今、国の法律が厳しくて、思うように教育を選べない。選べるためには、いろんなものがまずなければいけないけれど、今は全国一律チェーン店で「おまかせ定食」が一つあるだけ。
「うちで食わないと、あんた飢え死にだぞ」とか、「オレが作ったものを食えないってのかよう」と言い出す店もあるようです。
 そのシェフに「こうしてほしい、ああしてほしい」と言って、シェフが応じてくれても、どう味を変えようが、それでいいという人と、悪いという人が出てきます。
 定食一つしかないのが、そもそも無理です。全部チェーン店というのも、無理があります。教育は、すべての人が必要とする、医療や福祉のようなものです。
 これはだれでもが持っている『教育への権利』の問題です。教育内容には関わらないことです。
 『教育への権利』を実現するには、「こういうものを作りたい」という人たちが動けるようにならなければ、なにも話は始まりません。
 教育を選べること、教育を創れることは、だれにも平等な権利の問題です。ですから、これは政治の次元です。
 いっぽう、教育内容は、文化の次元です。日本画の描き方はどうするか、洋画はどうか、漫画の方が表現力があるのか、そういう次元のことです。
 政治は、誰にも平等な事柄を扱います。ところが、それ故に、お互いの関係が平等でなくなってくる性質があります。
 誰でもが平等だからこそ、誰の意見を無視することもできなくて、とりまとめ役が発生してきます。自分一人で決めるわけにいかない事柄だから、自分の意見を広めようとしたり、誰かに頼ったりするようになります。
 民主主義社会での法律の改廃は多数決原理です。そのために、多数派形成がどうしても必要になります。
 また、決定的な局面では、交渉事に強い人間を盛り立てて、相手の譲歩を引き出さなければならなくなります。
 どうしても結節点になる人たちができてくる。それは、自然なことで悪いことではありません。多彩な能力の人々が、その能力を活かすことだと思います。
 結論を天下りに決めて、意見を統制し、動員をかけるという方式は過去のものにしたいです。これは、多くの弊害を生んできたし、たくさんの政治嫌いを作ったと思います。
 さいわい、メールで意見形成をしていく方法はかなり双方向的ですし、合意形成の過程が誰にも見やすくなります。
 佐藤さんが、今、過去に議論されたことが見やすく、書き込みもできるホームページを作ってくれています。
 なにか、不思議な現象がありまして、直子さんが「もっと見やすいものがあるといいのですが」と言ったときには、すでに佐藤さんが一人で思い立って作業をやっているのです。私も、ちょっと資料を提供しようと思っているうちに、なんだかタイミングのいいことが起こり続けて、こうなりました。とんとんといろんなことが進んで、追いつくだけで、精一杯なのです。
 そんなふうに、いま、関わっている人たちが「この動きは自分を超えている」と首をひねるような形で進行している気がします。
 小貫さん、そんな感じはありませんか?
 法律がからんだ事柄を扱えば、政治の次元です。<多様性>は政治の次元なのだと認識しています。もっと、すべての人の希望がかなえられやすい形を作ろう。それを、お互いの精神の自由を侵さないという原則のもとにやろうということだと思います。精神の自由から出たものが、よりよい社会を生みだそうとすることだと思います。
 しかし、教育改革そのものの主要部分は、文化の領域でなされることです。政治に関わる領域は教育全体の中では小さなものです。
 そういう重要な文化の領域を、まず国家の統制から切り離して、それぞれの道に専念できるようにしよう。<多様性>を求めるというは、そういうことだと思います。
 多様性のことなど、はやくどうでもいいことになって、それぞれが自分のやっていることだけに専念できるようになることを願っています。

 
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