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古山明男さん
Date : 2002.9.26
Number : 013
ML ID : [diversity:0269]
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古山です。
田中耕太郎の教育思想紹介の続きです。
法律は、教育の内容に立ち入ってはいけないとしています。
「教育の重要性からして憲法の中にこれに関する一章を設け、詳細な規定をなすべしとする意見が日本国憲法の草案を審議した第九十議会において開陳された。しかし教育に関する規定が僅少なのは、国家が教育を軽視したからではなく、教育および憲法の性格に起因するものである。教育的活動の内容は教育者の創造的働きに委ねられるべきものであり、その法的既整は百害があって一益がない。法的既整を必要とするのはそれと政治との接触面に限局せられることになる。そうして憲法を以て規定する必要のある問題は、国民の基本的人権と自由に関係してくる点に外ならない。この点において教育は司法と相似性(例えば独立性)を有しながら、しかも趣を異にしているのである。」
(「教育基本法の理論」 田中耕太郎著 有斐閣 第1章より 37〜38頁)
また、田中耕太郎は教育の法制はまだ不備なものですから、自然な道徳や、人間としての当たり前で補ってください、ということを書いています。「教育基本法の理論」 は昭和36年に出版された本です。もし最高裁長官田中耕太郎が「教育法制には不備がある」なんて言ったら、たいへんなことになってしまいます。それで、下のような難しい言い方になったのだと思います。なお、昭和36年と現在で、教育法制はまったく変わっていません。細部の変更は、もちろんたくさんありますが。
田中耕太郎は、自然法の立場に立っています。この自然法ということが、私には、よくわかっていません。自然法について、どなたか、詳しい方がいましたら、ご教示ください。私は、自然法と慣習法の違いもよくわからない人間です。
「教育に関する法制は甚だ不備であるから、法の欠陥を条理によって満たす必要はまことに大なものがある。のみならず条理の一種と認むべき自然法は、教育法の欠陥を補足する以外に、その理論的基礎付けのために役立つこと、後にのべるところの両親の教育権の問題からしても明らかである。自然法は、実定法の欠陥を補充する機能を有し、未だ十分整備されていない教育法についてはこの機能を発揮する余地が十分認められる。」
(同 44〜45頁)
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