| |
|
|
| | |
|
小貫大輔さん
Date : 2002.9.23
Number : 010
ML ID : [diversity:0258]
|
|
|
|
| |
古山さん、
田中文相の本に関する情報、どうもありがとうございました。たいへん感銘をうけま した。それで、今度私が出す本の中でも、文相の言葉を引用したいのですが、確認作業に協力いただけますでしょうか。以下のようにしたいと思っています。間違った表記がないかどうか、教えていただけ ますでしょうか。よろしくお願いいたします。
国家が教育を管理・統制してはいけない。
八十年以上前のドイツで重要だった主張が、今日の日本でいまだに価値を持ち続 けている。ドイツに最初のシュタイナー学校が生まれた当時の苦労話を聞くと、三鷹 のシュタイナー学校の今の様子とそっくりである。
しかし、「教育の国家からの独立」というのが、西洋社会だけの思想なのかとい うとそんなことはない。まさに戦後の日本の、第一次吉田内閣で文部大臣をつとめた 田中耕太郎という人が、「新憲法と文化」(一九四八年)という著書の中で次のこと を述べている。
――正義の実現と秩序の維持を目的とする司法権が政治よりの独立を主張するに とどまるに反して、教育はその積極的使命に鑑みて、単に独立性を主張するにとどま らず、政治に対する優位─教育優先の原則─を主張するのである。
田中文相は新憲法の教育条項と教育基本法の制定にかかわった人で、だからこそ 教育基本法の第十条では、
――教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負って 行われるべきものである。と定められているのである。この条項について田中文相は当初「国家の不当な支配に 服することなく」としようとしたということだから、第二次大戦直後の日本にも、第 一次大戦直後のシュタイナーのような人がいたわけである。
ところが時は移って二十一世紀である。世界ではグローバリゼーションが進み、 資本主義市場の原理が個別の国家や文化をも呑み込んでしまおうとしているときであ る。国家と市民、「平等」と「自由」が足を引っ張りあっているときではない。
|
|
|
|