〈教育の多様性〉の会
  〈教育の多様性〉の会・メーリングリストより
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  Re:訂正  戦後日本 私学の自由が失われた日
古山明男さん

Date : 2002.6.19
Number : 004

ML ID : [diversity:0093]
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かなり重大なことで、いい加減なことを書いたので、訂正します。
古山 wrote:使節団報告書は、私学振興を勧告します。(詳しいことは、資料が手元にありません。また報告します。もう、図書館がしまってしまいました)
「そんなだったなあ」くらいの感覚で書いたので、あらためて、厖大な使節団報告書に目を通してみました。
使節団報告書は、私学振興の勧告はしていません。
私学に対して、公的資金で援助せよとは言っています。しかし、積極的に私学振興を言ってはいません。
使節団報告書は、自由、民主化ということを協調しています。しかし、それは、教師の人格や、教科内容、指導方法に向けられています。また、中央集権を繰り返さないよう、政府の権限を縮小することにも、ずいぶんとはっきり触れています。
しかし、私学を盛んにすることで、画一化を防ぐという発想はありません。教育を選ぶ権利のようなものにも、触れていません。学校が公立か、私立かということには、ほとんどふれないまま、教育一般として論じています。
ボウルズに着目すれば、、「降伏後の日本帝国の軍政・軍国主義を廃止し、そして民主主義的進行を強化する諸方策・教育制度」で打ち出した、「軍政は、広範な多様性をもった私立教育機関を奨励するよう努力すべきである。」からは、ずいぶんと後退しています。
私の推測ですが、この理由は
1 まだ、日本軍国主義の復活を警戒しなければならない時期であり、私学の自由を与えると、戦前と同じ教育を行おうとする私塾のようなものがたくさんできるかもしれなかった。
2 共産主義の洗脳教育が警戒されていた時期であり、アメリカ人の多くも、日本人の多くも、共産主義者が、自分のやりたい教育をするというのは、想像したくもない悪夢だった。
3 教育使節団は、著名な人たちで構成されていて、ボウルズがあまり意見することもできない人たちだった。
そこで、私学の自由は、言い出すことができない政治情勢だった。時代の流れとしては、これです。結局、アメリカの教育使節団報告書は、教育の多様性に関しては、目をつぶったままだった。周辺をうろついてはいるけど、はっきりとは言っていません。
国家の教育独占の弊害については、文部省と内務省の権限を奪い、選挙による教育委員会を導入すれば、それで解決すると考えていた。
そのころのアメリカは、まだ教育委員会制度の理想が信じられていました。これに対して疑問が噴出してくるのは、60年代になってからです。私学設立の自由を与えることで、画一化を牽制するという発想はアメリカの教育使節団報告書にはなかった。それが、調べた結果でした。

 
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