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3.教育者松蔭 (4)教育の目標と理想―『内省』と『誠の道』―
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荒井英治郎さん
Date : 2003.04.21
Number : 012
ML ID :
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人間そのものを鍛える、そのことを理想としているところに、松下村塾の教育目標の特色がある。第一に原則となっているのは、即ち「反省的自己凝視」であり、その基礎にあるのが、孔子の論語のなかの格言である。それは松蔭にとって極めて重要であった。
「吾れ日に三たび吾が身を省る。人の為に謀りて忠ならざるか、朋友と交はりて信ならざるか、習はざるを伝ふるか」
(1日に三度、私は我が身を省みる。人の為に真心をこめて善処するということが無かったのではないか。友達と交わりながら友だちの信を破るようなことがあったのではないか、教わったことを十分に納得するまで復習することなく、門人たちに教えてしまったのではあるまいか。)
この内省の実践は、松蔭は、塾生に常に厳しく教え込んだのである。
さらにもっと包括的で深遠なのが、「誠の道」という松蔭のもう1つの原則である。この
道は何よりも先ず「孟子」の「至誠にして動かざるもの未だ之れ有らざるなり」(至誠をもって接するとき心を動かさなかったという人は未だ一人もいないのである)という言葉に発する。松蔭は、この言葉を固く信じ、この言葉に従って行動していたのである。したがって、あらゆる人々にたいし、意見を異にする人に対しては勿論、幕府に対してさえも、崇高な率直さと最高の誠実さを以って相対したのである。
なお、松蔭が刑に処されるときの言葉は以下のものである。この国の忠誠に誓うもの総てにとって、1つの象徴である祖国に命を捧げて、彼は逝くのである。
「身はたとひ武蔵の野辺に朽ちぬとも留め置かまし大和魂」
(この身はたとえ刑死となって武蔵野の野辺に朽ち果てることになろうとも、この世にとどめて遺しておきたいものは、この身ではなく、私の魂である大和魂なのである。)
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