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荒井英治郎さん
Date : 2003.04.21
Number : 008
ML ID :
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日本人の精神的態度の中で重要な宗教的陶冶の要素をなしている「仏教」に対する松蔭の態度はいかなるものであったか。松蔭は、個人的に23の僧と親交を結んでいたのであるが、仏教に対する態度となると、素っ気ないものであった。家法に「仏法に惑ひ給はず」とあり、死を軽視する禅への教えにしても、松蔭の注意をただ引きつけたに過ぎず、松蔭自身は、そこに、自己の信念を見出しただけであった。つまり、誠に仏教的なものは松蔭には異質でありつづけたのである。それでも、仏教を論難することなど、彼からは程遠いことであった。妹の千代に宛てた手紙のなかで、
「仏と申すものは親交するに及ばぬ事なり。されど強ち人にさからうて仏をそしるも入らぬ事なり」(仏というものは、信仰する必要などないものである。しかしそうは言っても、むやみに人に逆らって仏のことを悪く言うことも、これまた余計な要らざることである。)
と言っている。
松蔭の思想のさまざまな特徴は、その1つ1つが集まって全体として統一あるものとなっている。その所に、新しい独創的な考えが無い、想像力ある表現が無いと寂しく思われる人がいるが、疑いをはをられるかもしれない。しかし、松蔭の生み出したものは、時代の生み出したものである。その姿は時代の姿なのである。しかも、彼の計画や洞察は、彼の時代を遥かに超えている。松蔭は最後まで類まれな力を傾注して、天皇の理念と日本国家の理想を捉えたのである。彼の活動は、彼の思想的理念にはそれほど基づいていない。その人格のもつ力に基づいていたのである。
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