〈教育の多様性〉の会
  小貫大輔 vs 古山明男 教育の多様性対談
■索引  ■前へ  ■次へ 
  地域の特色
古山・小貫さん

Date : 2002.12.19
Number : 020

ML ID :
■Mailing List
「教育の多様性の会」は、市民が教育を創る自由と選ぶ自由を目指しています。「教育の多様性の会」のメーリングリストはこちら。
■Alliance for Childhood
子どもが、子どもにふさわしい生活や遊び、学びの環境を保障される社会づくりと取り組む「子ども時代のためのアライアンス」はこちら。
 
古山: 教員のほうを動けるようにして、あるいは教員がなんとか束縛をひきちぎって動いてくれて、なんかいろいろやりながら創ってくれるといいですよね。あるいは、地域で、本当の意味で、地域コミュニティができているところもありますよね。俺らが昔から村にいるんだから、こん中で子どもを育てよう。国語、算数、理科、社会は半分にしてくれや、他のことやりたいんだからとかね。そういう部分がいっぱい出てこなきゃいけない。

小貫: 地域の人間が、そうやって腹割って話しあうことのできる地域が、いったい今日本に残っているのかと思いますよね。ぼくがこの学校(東京シュタイナーシューレ)が好きでしょうがないのは、そこに友達がいるからですよね。家族ぐるみでつきあえる友人たちが、ここにはいるっていうことです。珍しいでしょ。こんだけ大勢の人たちが、家族ぐるみでつきあえるというコミュニティが、今、日本に残っているでしょうか。このコミュニティの味わいがないと、何か日本的なっていうか、戦後の日本の特徴的なものかもしれないけど、何か変な距離感のある、あなたはあなた、私は私みたいになっちゃっていると、そこで「新しい」学校をみんなで作れっていうのはね、可能なんでしょうか。
 オランダのリヒテルズさんも指摘していて、シュタイナー教育もいいけれど、地域ごとに地域の特色を出した学校づくりっていうもの、うちの地域はこれでやるっていうものを出せるようじゃなきゃいけない、って言ってきているけれど、だけど、それができるコミュニティというものが、今、日本の中にどれだけあるかなぁ、と思うんですよ。

古山: あのね、ひとつおもしろいのがあってね。石垣島の近くにちっちゃい島があってね。人口200人です。なんとね、昔からおまわりさんがいない社会なんです。最大の社会問題ってのは、酔っ払いがあばれること。それがね、もうじき潰れちゃうだろうと言われている。独特の言葉ももっているんだけど、それをしゃべれる人が、もうそろそろお年だと。それから、おじいちゃん、おばあちゃんたちが子どもを可愛がって、面倒をみて、親切にこれはこうするんだよ、って伝えてきてそれで島の伝統を保ってきたのが消えそうだって話を聞いたから、それをひとつ興しませんかってアイデアだけは提供したんだけど、そこにいる人が動かないとね。島にいる人が動かないとしょうがないんだけどね。

小貫: 今コミュニティとして成立しているここの学校(シュタイナーシューレ)のグループっていうのは、みんながある似た傾向の人が集まってきているから、成立しているわけですよね。でもそれはまた、「偏り」でもある。多様な人たちがいてはじめて「社会」なんだから、本当はやっぱり、似たもの同士の集まりじゃなくて、地域に基づいたコミュニティが成り立つといいなと思う。だけど、今は、そういうコミュニティは失われている。
 でもね、創れるんだよね、そういうコミュニティ。20年もかければ。子ども達から始めて、子ども達が大人になるころまでにはできるんですよね。今から取り組めば。なぜそう言うかっていうと、ぼくが仕事してきたモンチ・アズールというブラジルの貧しいあるコミュニティは、シュタイナー思想をベースにしたスラムの教育・文化活動です。スラムの住人にとっては、シュタイナー教育を選んでそこに住んでいるわけでもなんでもない中で始まった活動だから、シュタイナー思想をベースとしているといっても、シュタイナー色の薄い、基本的な大切な部分だけ、根源的なところだけ維持している。そうして、とても緩やかな実践をしながら20年以上やってきました。20何年もそういう活動が実践されてきて、今、地域としてね、すごくいい地域が生まれているんですよ。20年。モンチ・アズールを訪れると、20年っていう時間のインパクトをすごく感じる。

古山: 俺らの学校を持っているというのは、これはその社会コミュニティを維持するのに相当でかいことだと思う。ただ、もちろんあんまり地域の純粋なの創っちゃうと、外へ出ていきたい人たちが困るけど。でも、そこらへんは、そこの人たちにわかりきったことだから、任せればいいのね。 
 いままで、日本全国の小中学校を全部一律に動かしてしまったっていうのはこれはちょっとね。

小貫: そうそう。これは富国強兵、国家総動員体制で戦後復興をやり、経済成長をとげたことの、全て犠牲ですよ。実務力のある民族だから、やると決めたらやる。いつも思うのは、ドイツ人っていうのはね、正しいからやる。ブラジル人はね、楽しいからやる。日本人はやると決めたからやるっていう風じゃないでしょうか。この悲劇。だから偏ってちゃいけないよ。ブラジル人だって、楽しいことしかやらないっていうのは大問題の民族だと思うし、ドイツ人みたいに自分が正しいと思ったことしかしないっていうのもね。あなたが正しいと思っただけでしょ、みんな人によって判断が違うんだから、やると決めたらみんなでやりましょ、って言っても、いや私はやりません。というのがドイツ的でもあるからね。それぞれの民族にとって、今の時代大切なことは、自分の民族の、喜びと苦しみをよく理解して、成熟へ向かって歩むことですね。

参加者: 20年かければコミュニティを創れるとおっしゃったけど、小貫さんはブラジルの貧しい地域にいた。日本でやっぱり圧倒的に違うのは、経済によって、仕事によって、東京みたいなところに集中するじゃないですか。九州や群馬や、ある地方に、そこに根付けないまま、地域活動といっても、それは一時的なものになってしまう。

小貫: それは、(東大教育学部教授の)汐見さんがおっしゃったことですよね。このあいだの(東京シュタイナーシューレ主催)教育フォーラムの時。汐見さんがすごく面白いことを言ってね。日本は、東京みたいな社会っていうのは、会社が本拠地で、家にはただ休むために帰ってくるだけでしょ、と。だから、コミュニティは会社の方にあるわけ。しかも家族はそのコミュニティに属していないんだよね。それだから、女性が担っちゃうんですよね。地域とか家族の話になるとね。だって男たちはみんな違うコミュニティに属しているんだから。別居−通い婚とほとんど同じですよ。

古山: ギリシャのスパルタがそんなだったんですよ。もっと極端にしたものですけどね。あそこは、男を全部戦士にしてしまった。小さいときから共同体生活をさせて、戦士としての教育をする。「話すときは、要点だけ話せ!」というような教育です。めちゃくちゃ強い戦士たちができるんで、戦さをするとめっぽう強い。ところが、行政能力もない、人を説得したりビジョンを提示したりもできない、経済となったら子ども同然。占領行政がまるでやれなくて、戦闘には勝つけど、戦争には勝てないんです。
 このスパルタが、やっぱり通い婚です。男たちだけのコミュニティがあって、そこから通っていくだけ。すると、女たちが強いんですよ。なにせ、経済と社会と文化をになっているのは、女たちにならざるを得ないでしょう。男たちは、腕力だけある、赤ん坊になってしまった。

参加者: 日本の場合、経済の部分に巻き込まれざるをえない、いくらこう、地域性をコミュニティを創りたくても、おとうさんの転勤が決まってしまうと、いくら築きあげてきても、一瞬にしてゼロからやり直しになってしまう。そこが大きな違いかな。

 
■索引  ■前へ  ■次へ