〈教育の多様性〉の会
  小貫大輔 vs 古山明男 教育の多様性対談
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  教育の悲劇も冷戦構造から
古山・小貫さん

Date : 2002.12.19
Number : 013

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小貫: さきほど古山さんと話していて90年代になってから日本がすごく変わってきたと話してたんですが、日本のドツボった状況というのは、冷戦構造の中から生まれた悲劇だったんですね。ところが1991年にソビエト連邦が終わり、冷戦が終わると、そのインパクトが日本にも及ぶ……。古山さんはもしかしたら天皇が死んだことをあげるかもしれないけど。

古山: いや、冷戦が最大です。そちらが第一。でもね、昭和天皇は責任とらなければいけなかった。罰するんじゃないんです。最高責任者だったから、「私の責任でした」と国民に対して手をつく。それを罰しようなんて人、いないですよ。天皇よりもっと優先する倫理ってのがあるんです。それだけで、日本の精神状況は、ずいぶんと救われたと思いますよ。精神論右翼の人たちが絶望的な気分で戦わなくても、日本の精神の、ピッとした部分は保たれた。
この教育問題も、不登校問題に関してはちゃんと違憲訴訟を起こさないとだめですよ。相手は、国と教育委員会です。罪状は、何も見ず、何もしなかったこと。制度問題だったんですよ。子どもにあった教育を提供されなくて、他を探すと罰せられて憲法の「教育を受ける権利」を剥奪された人々をたくさん出した。それに気がつかなくて、制度改正を怠ったことでね。罰はなくてもいいけど、「それは、間違ったことだったんだ」っていうスジは通さないといけない。司法で認めないといけない。これで、日本人の間にピッとしたものが漂う。これやらないと、どこかで繰り返す。
 冷戦構造なんですけどね、日本で冷戦構造だったものが、10年かかったけど、本当にダメになりつつあるんですよね。経済システム、特に政治と公共事業の癒着した様が自滅しちゃいそう。教育も自滅しちゃいそう。教育というのは、ひとことでいうと、ソ連を恐れたあまりソ連と同じになっちゃった体制だと思います。

小貫: 社会主義者を排除しようとした結果、社会主義国家と同じ全体主義におちいった。

古山: 民主主義でない体制になっちゃったの。これはもう、完全に冷戦構造なんですよね。そういうものが本当に終わりかけてるんだけども、ちゃんと枯葉が落ちるころに新しい芽が育っているという、そういうふうにきれいにやらないと危ないんですよね。

小貫: 本当にそう思います。昨日のNPO法人学校の会は、「見てください。枯葉の中に芽生えているものがあるでしょ」っていう会だったわけです。それを聞いて欲しかった。文部科学省に聞いて欲しかった。あなたたちの中で何かが死んでいくけど、安心してね。芽はちゃんと芽生えているから。そうして芽生えるものとパートナーを組んで、世代交代をしっかりやりましょう。何も恐れることはない。安心して眠りにつけると、そう思って欲しいと思ったんだよね。

古山: これなら譲り渡せるなあという……。

小貫: ぼくが文部科学省だったら、一番怖いのは、企業に門戸開放せよと言われることですよ。どうなるかわかんないもの、企業は。もしかしたら善とでるかもしれない、悪とでるかもしれない。どうなるか想像もつかないのに、パワーだけは500倍くらい強いですから。
 そもそも、子どもたちはすでに企業の学校にいっている。昼間は普通の学校に行って出席を取って、学校が終わったら塾やゼミに「勉強」をしに行っているわけです。「学校」に行って出欠を取らなくてもよくなったら、はっきり言って、大変なことがおこるでしょう。
 今の「出欠−勉強」分離の二重構造は偽善的で無理のある姿だから、それをやめるということを文部科学省が恐れて当たり前ですよね。日本人の実に大部分がそういう生活をしてるんだからさ。それをやめましょうと言われたら、それはびびるところだと思う。
 そういう中で、「いや、待てよ、NPO法人という形で学校をやっている人たちがいて、こういう人たちとならパートナーが組めるんじゃないか」と、考えることができる。こっちには、まだ文部科学省が一つの役割を保ちながら、新しい教育のあり方を育成・助成していく仕事がまだある。そういう道もあるということを、文部科学省の人に一番知ってもらいたいんです。

 
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