〈教育の多様性〉の会
  小貫大輔 vs 古山明男 教育の多様性対談
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  日本人の実務力
古山・小貫さん

Date : 2002.12.19
Number : 010

ML ID :
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小貫: 日本人のいいところであり、悪いところでもあるんだよね。この、「やれることからやる」というすばらしい民族でありながら、「やれないことには手をつけない」という恐ろしい民族でもあるんです。

古山: 状況の認識からはじめるのではなくて、「何を期待されているか」から始めちゃうんでしょうね。教育にたずさわっているのが、みんな公務員なのがいけないんでしょう。
 えらいさんが、地方自治法32条だか振りかざして、「服務規程、服務規程」って言ってるだけ。それと、精神論がはびこってますね。みんな精神論で行っちゃって、状況を認識しない。状況をよく見れば、いま教員たちはどういう理由でこういう行動をせざるを得ないのか。一目瞭然ですよ。これこれの規則と、かくかくの規則と、前例と、人事管理と、しかじかの職場の人間関係や父兄の目。これに対する配慮、その他、本人たちからおおっぴらに言えるやつと、言えないやつはあるけど、一目瞭然。それがたくさんあって、互いに矛盾している。それで、とにかく子どもが見えなくなっちゃってるの。
 だからそれをすっきりさせてあげて、実力発揮できるようにさせてあげればいいのに。いい人たち、いっぱいいるよ。規則もはずさない、人間関係も研究しないで、「教員たち、頑張りましょう」だけでしょ。自主性あおればなんとかなるんじゃないか、愛国心に燃えれば何とかなるんじゃないか、そういうことばっかり発想してくるんですよね。教育の場ってのは、ほんとに精神論ばっかり流行るよね。戦前と同じ体制なんだからしょうがないか。
 教員たちを自由にさせると、そりゃ逸脱も起こってくるけど、それは、親に監視してもらうしかないのね。だって、教室の中で起こっていること、子どもの口から聞くか、子どもの顔色で見るしか、どうしようもないじゃない。いくら教室を視察したって、取り繕うに決まってるんだから。でも、おおむね、逸脱は減ってくるね。だって、よく言うじゃない、「自由には責任が伴う」って。

小貫: 私は繰り返すけれども、日本人の中に、得意なことと不得意なことがあって、不得意なことを少しずつ得意にしていくようにしなければ、未熟な民族のまま終わってしまうと思うんですね。
 どの民族にも得意・不得意はある。外国に行ったら、誰だって感じると思う。なんでこんなことできないんだろう、とね。オランダに行ったって思いますよ。オランダの人たちは、本当にものを明晰に判断する人たちなんですね。ところが、実務力が日本人と比べるとずうっと低いんですよ。だから、公衆電話のシステムだとか、電車の切符を買うシステムだとか、そういうのが日本人の目には幼稚。日本の技術者を入れたら、もっとうまくいくシステムを作れるんだろうにと思うようなことがよくあります。ブラジルに行ったって、別の意味で同じことを感じる。
 だけど、今の時代のすごさというのは、それぞれの民族の得意・不得意というのがある中で、他の民族と触れることが可能になった時代にあって、「ああ、そうか。そうやればいいのか」とか「ああ、そういうことが大切なのか」とか気づくことができる。自分の国のことしか知らないと、どこにも出口のないように思える状況が、このまま我慢するしかないように思える状況が、実はちょっと視点を変えるだけで解決できることを知る。そうして、それぞれの民族が、今まで得意なことを養ってきた時代に続いて、これからは不得意を克服して成熟に向かって次のステップを踏む時がきたと思うんです。
 そういう意味で言うと、日本人が判断の能力に欠けるということも、これまでの時代には気づきもしなかったかもしれない。でも、今の時代、それに気がつくところまで来ていて、その不得意を乗り越えることが課題だと、だんだん捉えられるようになってきている。
 日本人は、判断する能力を身に付けていかなきゃならない。いきなり全部、今日から自分で判断しなさいと投げるべきではないと思う。だけど、方向として、やがては自分で判断できる方向に向かっていなければいけない。時間をかけて、民族として20〜30年もかければできることですよ。
 ぼくは、中学生の時にすでに思った。中学3年の15歳の時に。なんでこんな制服を着なきゃならないんだと。その当時ぼくがやった運動、運動というと大げさだけど、生徒会総会で主張したのは、「カラーシャツを認めろ」ということだったんですよね。校則を変えようということでね。
 今から思うと、「ツメエリ廃止」を訴えたわけでもない。非常に穏健で、リーズナブルな要求をしていたと思うんですよ。ツメエリの下に着るシャツの色ぐらい自分で決めさせろ、という運動。
 あのときカラーシャツOKにしていればよかった。カラーシャツから始めて、今度はこれをOKにして次はあれをOKにしてと、少しずつOKにして、あれからの25年が経っていれば、今ごろは、自由な服を着てきなさいということになっていたかもしれない。自由でありながらも好ましい服装のできる子どもたち−民族が生まれていたかもしれない。ところがそういうことを全くしないで時を過ごして、今あのときと全く同じルールが、うちの娘にも課されるわけです。25年経った後に、ひとつも変わってない。

古山: タイムマシンですね。

小貫: 中華人民共和国でもあるまいに、どこに25年前と同じ服を着ている人間がいるかと思ったけどね。しかも、25年前と同じ店で買わなきゃいけないんですよ。先代の人はもう隠居しているのに、同じ店に行って買わなきゃならないんだよ。すごいなあと思ってね。
 で、昨日のNPO法人学校の会では、さすがにここに来て、「自分で判断する」ということに向けての、そのステップを踏み始めるんだな、という実感を味わいました。

 
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