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古山・小貫さん
Date : 2002.12.19
Number : 007
ML ID :
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小貫: ぼくがキーワードであると思ったのは、「解釈」と「判断」という言葉です。日本人は、権威に逆らわないだけでなく、もともと人を権威のある立場に追い込む癖がある。一度、権威と認められると、ほとんど無条件で言うことが通る。言うことが通るというより、何を言ってもまわりが「解釈」するんだよね。権威のある人が何か言うと、それに対して解釈が入って、まわりの人はその解釈に従って行動を取る。
「判断」じゃないんだよね。
権威のある人だっておかしなことを言うときはあるけど、まわりの人は、あれ、今の一見おかしな話は「どういう意味だったんだろう」と考える。「金魚は青い」と言われると、「金魚は青いとはどういう意味なんだろう」と考える。よその国の人だったら、誰かが金魚は青いと言ったって、いや金魚は赤いぞと「判断」する。自分の判断に基づいて行動を取る。
先日から、この「解釈」と「判断」という言葉が頭の中に繰り返し戻ってくるんです。
古山: ぼくはそれは日本人じゃなくて今の制度がそれをつくっているんだと思います。
小貫: 日本の民族じゃなくて制度がそれを作っていると?
古山: はい。中学校と高校です。
小貫: 学校のありかたがね。
古山: はい。これがそういうメンタリティをつくってきて、大人たちが、そういう判断を持たない。そして、現状を変えることができなくて、大勢に従っていって、と……。
日本人のメンタリティというのは、戦国時代と江戸時代で、ガラッと変わるんですね。戦国時代は、要するに自分がよければいいんですよ。如何にいいところをかすめとるか、如何に危ないところを逃げるか。ところが、江戸時代で忠孝、明治で忠君愛国、そこでどっぷり生きていた。そこに民主主義をぽっと入れられたんだけどね、言葉とイメージしかわからない。今もよく感じるんだけど、中学で民主主義って言葉しか教えないでしょ。中学で民主主義を教えるんだったら、身近なことから運営をまかせなきゃ。
小貫: 戦後の日本人が理解した民主主義というのは、デモクラシーのことではなく、因習的制度の否定という程度の意味しかなかった。戦後の日本が作ったのは「共産主義勢力に与しない」というだけの民主主義で、本当はむしろ社会主義によく似た社会ができた……。
古山: 今でも、中学たちと話していると「共産主義じゃないのが民主主義でえ……」ってとらえている人たちけっこういますよ。
ほんとに民主主義を教えたいのだったら、身近な中学の教室で、ぼくらが一番うまくやっていくためには、お互いどうすれば良いか考えようね、やってみようね、まずかったら考えよう。それを実践しながら人間尊重を体得して、必要なルールを発生させて、理論も教えて、民主的な人間を育てるというのでないと。日本は民主運営できなきゃ潰れる国になっているってのに、校則体制作っちゃって、先輩後輩の序列で発言つぶして、試験試験で追い立てて……。自殺行為ですよ。
小貫: パウロ・フレイレという、ブラジルで前世紀最大の思想家、教育者といわれる人、民衆教育運動を進めて軍事政権下で国外追放になった人がいます。彼が、権威主義的な方法で民主主義者を作ることはできないと言いました。みごとに言い当ててると思うんですね。あなたたちは民主主義者になりなさい、そう命令して民主主義者を作ることはできない。
古山: ぼくは、社会的行動、政治にも繋がってくるようなものに大きく影響するのは10代後半くらいの時期だと思います。中学生、高校生。まあもちろんその後も修正はききます。絶対そのまま行くというわけではなく、人間は柔軟なものなんだけど、だいたいそこで実世界はこうだというものが根付くんですね。恋人同士の、ファーストインプレッションみたいなもの。
そこが実は民主社会になってない。いちばん感覚に沁みこむときに、まわりは権威権力、利害の世界ですよ。ところが、そこになぜか気づかないんですよ。教科書の中身は、たしかに民主主義と書いてある。そこだけ見て、大人たちが、自分たちの住んでいるのは、社会主義みたいな国なんだっていう姿を見なかった。大きくなった若者を見て、大学の先生たちは、判断力がなくて困るねえと。会社の人たちも、判断力がなくて困るねえ……。
小貫: 思春期を通じて自分で判断することを抑えられて育つんだからね。
古山: 「判断できるのは大事です」と、そう言っておいてね、でも、規則には従いなさいねって言ってるんだから。そこの矛盾に気がつかないでずっと来ちゃった。気がついてる人も多いけど、変えようがない。下からの声が上がらないシステムをもう作っちゃったからね。飢饉や百姓一揆が起きてるってのに、「みんなが論語を読めば、解決する」みたいなことばっかり言ってる。
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