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古山・小貫さん
Date : 2002.12.19
Number : 004
ML ID :
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一番もとはね、昭和20年に戦争が終わってアメリカに占領されて、どういうふうに教育をつくるか、これはもう、戦前の軍国主義に戻っちゃいけないと、それは日本人もその一心だったのね。アメリカ人以上に自分でたまらないと思っていたわけ。
それはひどいものだから。兵隊さんに行って死なせようという教育をやっているんだから。それは、政治と教育が一体になっているせいだ。戦前は今みたいに教育委員会が別立てでなくて、学校は市町村に直接つながってるんですね、町長さんが直接学校を建てて命令したりできる。そしてその頂点には内務省がいるわけ。内務省って言ったら、どこの国だって内政全部握って、警察権力握って、権力絶大でしょ。それにくらべたら、文部省なんて三流官庁でさ、文部官僚なんていったらみんな内務省から出向してきた人だった。あだ名が、「内務省文部局」。わざわざ文部省に入ろうなんて人いないわけ。
文部省が握っているのはカリキュラムだけ。内務省が人事の要所を押さえている。校長たちを、ほんとに怒鳴りつけて、はいつくばらせてる。現場は、恨み骨髄ですよ。それが崩れちゃって、あれを繰り返しちゃいけないと、そして原因が何だったかというと、国から市町村、あの行政のラインに学校が属しちゃっているから、こっちで命令を出すとたちまち反映しちゃう仕組みがいけない。国民総動員だというと、たちまち学校まで一緒に総動員。これはいけない、教育は教育の論理があるから、切り離さなければいけないっていうことになったんです。これは、教育行政の基本ですけどね。
その時に二つ案が出てくる。一つは、田中耕太郎が出した、フランスの制度を真似たもの。それぞれの帝大の総長に教育行政をまかせて、一般行政の組織と完全に切り離す。これは、権限削減をいやがる内務省に潰された。
もう一つは、アメリカが出した教育委員会。アメリカがそれを提示してきて、日本側は「なんだかようわからんけど、ま、悪いものでもなさそうだ」ということになった。教育委員会というのは一般行政と切り離すのが目的だから、一切市長さんも市町村の議会も口を出しちゃいけないんですよ。政治から手がつかない。だけども教育委員会が独走しちゃいけないから、教育委員というのがある、教育委員というのは、みんなで選挙するんです。ちょうど今の市長さんと市議会を一緒にしたような数名というのがいて、それが教育を全部握っていく、アメリカはこれで大体運営していたわけですね。
ところで、これはそれなり立派な制度なんだけど、日本で作った時に運営能力がないわけです。だって、地方自治も、民主主義も知らなかった人たちでしょ。教育委員会の事務方の人たちは昨日まで府県の学務課にいた人たちが横滑りでしょ。文部省の決めたとおりにやることしか知らない。カリキュラム作ったこともないし、教材はなにがいいかといわれたってわからない。先生だって、「今は何をしたらいいんですか」状態。校舎だって焼け野原だし。必然的に文部省がやるしかないんですね。これは悪意でもなんでもなく、文部省がやらないとどうにもならない。その上とんでもない財政難。餓死者が出そうな状況なのだから、いくら教育が大事だといっても、そう簡単に予算が取れるものではない。それを何とか文部省が頑張ったんです。なんとか、市町村に補助金を分配してやり、校舎を建て、教員の給料を確保する。このように、文部省に頼らないと、やっていけないという現実があった。
文部省というのはお役人だから法律でやるわけ。今の学校教育法。戦前、教育関係は勅令だったし、権力者が恣意的にやっていた。こんどは、その轍を踏まないぞ。ぜんぶ、ちゃんと法律でやるぞ。すごい意気込みで、なんでもかんでも法律に書いた。
それと、教育委員会が難産だったので、教育委員会ができる前に、学校教育法だけで六・三制をスタートするしかなかった。
それで、学校教育法には、学校に関するありとあらゆることが書いてある。こうしなさい、ああしなさいといって、法律で日本の教育を全部やるようになったわけですよ。ほとんど文部省が決めている。でも、いちおうはね、教育委員会が充実したらだんだんそちらに移っていく予定だったんです。
小貫: 一種の戦後復興委員会みたいなものだったんですね。最初のその中央集権的なやり方は。
古山: そうなんです。文部省がそのようにしたのは、戦後復興的な意味です。文部省が、やるしかない。そのうちにだんだんと教育委員会も多少は力をつけて来たかな、というところで、サンフランシスコ講和条約、日本が独立した。保守派が非常に強くなって、国家主義の声が聞こえてきた。そりゃ、いままで、占領されてたんだから、言いたい事も言いたくなる。ところが、例の安保条約で、アメリカの同盟国になって、保守派が、ただの反共右翼に走る。いっぽう、国家主義を警戒する方は、あっさりとソ連モデルに走る。どっちも、自主性ないねえ。ま、これは、戦前の教育のせい。
そのなかで、日教組が結構強くなっていくんですね。日教組は、順調に伸びれば、日本の教員の自由を担ったはずなんだけど、政治的次元と教育の次元の見分けがつかなかった。政治がよくなれば、教育がよくなると思った。教育のほうが、政治より上だってのに。
日教組は教員の声を反映しようと、教育委員選挙に出してくるわけですよ。そうすると組織力があるから1人2人は入れることができるわけね。投票率低いし。自民党はこれが怖くて、いやで……。
戦後の教育行政はね、最初、アメリカは日本が軍国主義に戻るんじゃないかという恐怖。自民党は、教育が社会主義者に乗っ取られたらの恐怖。日教組は、国家主義に舞い戻る恐怖。戦後日本の教育は、みんな恐怖で動いちゃった。
だからなんとか敵を排除したいわけですね。教育ってのは洗脳だってこと、戦前で身に染みているから、文部省も日教組もお互いに反対派にとられるのが怖くてしょうがない。ほんとは、そんな心配なかった。教育と一般行政は分離してある。カリキュラムは純粋学問を指向した、けっこういいもので、洗脳的じゃない。試験競争さえ防げてれば、内容、悪くないですよ。
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