〈教育の多様性〉の会
  小貫大輔 vs 古山明男 教育の多様性対談
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  こぼれたくない一心でついていく
古山・小貫さん

Date : 2002.12.19
Number : 003

ML ID :
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小貫: 日本の教育というか、日本の文部科学省の教育もその通りの状況ですね。日本人のなかで、日本の教育は文部科学省に任せておけばすばらしい結果が出ると思っている人など、もういなくなってしまったのではないでしょうか。

古山: 私は私塾をやっているんで、いろんなお母さんたちと接してね、たいていはまず学力を求めていますよ。でも、その学力をつけることによって自分の子どもが本当に立派な人になって、官僚になるのか芸術家になるのか知らないけれど、すばらしいことになるでしょう、そんなこと全然思ってないのね。ただひとつですよ、ついていけなかったらどうしようって。ここで落ちこぼしちゃったら、うちの子、将来大変なことになるだろうと。何とか今ついていけるようにしてください。
 積極的にいい高校、いい大学に入れて、いい人生を歩ませてあげたいという人もいるけど、何かそれは数が減ってきている感じでね、昔は積極的に学歴が欲しい人が多かったですが、今は消極的に社会に落ちこぼれたら大変だから学歴をという人が多くなってる。例えば、シュタイナー教育というのがあるんですとか、ホームスクールがあるんですという紹介を読んで、昔だったら、なんだそんなもの、うさんくさい! と言っていたのが、いまだとふーん、と見るんですね。ああ、そんなのもあるのか、いいかもね、くらいまでは来るんですよ。

小貫: 落ちこぼれたらつらいっていうのは、誰だってそうです。学校で提示される勉強の内容が「人間になるため」に必要なことだから落ちこぼれたくないのではない。「落ちこぼれる」ということ自身が人間にとって限りなくつらいことだから、そうなりたくないだけなんですよね。
 うちの娘も、中学3年の時に日本に帰ってきて、一学期間学校に通ってみて、どうも適応できないと判断してブラジルに帰っていきました。たった一学期間ですよ。しかも親がこんな親だから、親からのプレッシャーもなかったと思う。それにもかかわらず、あんなに健康な心をもった娘が、その一学期間、学校を休んだりまた行き始めたりすることを繰り返していくなかで、どんどん傷ついていくんです。娘は5月に転入したから、5月、6月と7月の半ばまでの、たった2ヵ月半の間に起こったことです。自信を失い、苦しんでいく。親から見れば、そんな学校に適応できないのはあなたが悪いんじゃないと思うんだけど、子どもにとっては、それは辛いことだったんでしょう。
 だから、先日の会(「教育の多様性の会」が衆議院議員会館で開いた「NPO法人学校の可能性勉強会」[LINK])でも、お役人が「不登校の子どものための学校が認められたら、そこに入れるのは30日以上学校を欠席した子どもが対象」と回答したときには、思わず自分の顔が赤くなるのを感じました。30日間って、役所にとってはただの目安となる数字でしょうが、当の子どもにとっては、一生引きずることになる時間なのです。
 それだけの代価を払っても、学校で学ぶことの内容に意味があればまだしも、娘を通じて見た日本の中学校の「勉強」は、悲しいまでに命のないものになってしまっている。あまりにも無味乾燥。ヨーロッパではね、日本の教育のことを「物知り大会の準備」だって言う人がいます。物知り大会のために人生を犠牲にする人がいるかと思うと、なんとも悲しい。

古山: 役所の都合だけで「30日」なんて定義するでしょ。不登校のレッテル貼りが子供にとって良くないなんて、ぜんぜん感覚ないしね。教育はね、現場の当事者ですべてを決められるようにしないと、どんどんおかしくなるの。
 日本の教育はおかしいってみんな言ってるわけね。ずいぶん昔から言ってる。誰も彼も言ってる。ところが全然変わらない、まあ、カリキュラムがちょこっと変わる、実はその変わらないしくみがどういうことかっていうんで、ずいぶん調べたんですよ。だいたいこういうことだって見当ついたのをちょっとお話したいんですけどね、大変な悲劇が起こっていたんですよ。軽はずみと悲劇がいっしょくたになっていたんです。

 
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