● 本の虫スクゥエアWeb版書評

『時間生物学と時間医学』

  • グンター・ヒルデブラント,マクシミリアン・モーザー,ミヒャエル・レーホーファー共著
  • 入間カイ訳
  • 東京コア刊 2,730円

アントロポゾフィーを科学的に
基礎づけるリズム研究

入間カイ(本書翻訳者)

この本の著者のひとり、マクシミリアン・モーザーさんとは、2004年5月に長野で始まった「アントロポゾフィー医師養成講座」(IPMT)に通訳のひとりとして参加したときに知り合いました。 ゲーテアヌム医学部門の代表グレックラーさんが、「アントロポゾフィー医学の最先端の研究者」として、彼を講師陣に招いたのです。 モーザーさんは、宇宙ステーション・ミールの有人宇宙飛行における医学プロジェクトを指揮した人であり、オーストリアの大手の保険会社の委託プロジェクトでは、オイリュトミーによって、建設現場における事故の発生率がゼロになることを実証するなど、アントロポゾフィーと一般の学術界や産業界とをつなげる努力をしてきました。 最近では、ハーバード大学癌予防センターの公式刊行物「癌の原因と抑制(Cancer Causes & Control)」誌の客員編集者として、「癌とリズム」という特集号の編集を担当しています(2006年5月号)。

モーザーさんの講演は、ヨガやチベット仏教、東洋医学の話にも触れていて、とても広い関心を持っている人という印象を受けました。 しかし、リズム研究の面白さが実感をもって伝わってきたのは、彼の分科会に参加したときです。 シュタイナーは「生命の基盤はリズムである」と述べ、特に心拍と呼吸の4:1の関係の重要性を指摘しています。 モーザーさんは、心拍、呼吸、血圧、末梢血流がそれぞれ4:1の整数倍の関係にあると説明してから、参加者に打楽器を持たせて、それらのリズムを音で再現してみせたのです。 心臓が4回打つと呼吸の音が1回、呼吸の音が4回鳴ると血圧の音が1回、そして血圧の音が4回続くと末梢血流の音が響きます。 異なるリズムで繰り返される音を聞くことによって、人間のからだのなかに、実際にいくつものリズムが働いていることを感覚的に捉えることのできた、わくわくするような体験でした。 この分科会に音楽教育家・療法士の竹田喜代子さんがいて、彼女と僕が同じように関心をもってモーザーさんに話しかけたところから、この『時間生物学と時間医学』の出版の企画が生まれたのです。

竹田さんは、音楽が身体に及ぼす作用を科学的に解明する可能性をモーザーさんの研究に感じ取って、本書の出版を決意されたそうです。 その意味では、今年10月15日に竹田さん主宰の「アウディオペーデ研修センター」によって開催された「芸術と科学の対話」というセミナーは、科学者モーザーさんの講演と音楽教育者ラインヒルト・ブラスさんの音のワークショップが組み合わさった画期的なものでした。 日野原重明氏が「シュタイナー音楽療法」にコメントを寄せられ、湯川れい子氏が参加して音楽への思いを語られるなど、この分野には幅広い層の人々が関心を寄せていることが感じられました。

最近では、時間生物学の知見は日本でも薬理学や医学に応用され、たとえば同じ薬でも投与する時間帯によって効果が違ったり、交代制勤務や飛行機の移動による時差(ジェットラグ)が生体に実際に大きなストレスを与えることなどが知られるようになりました。 しかし、本書の訳者として、僕自身がいちばん強調したいのは、この本がアントロポゾフィーそのものの「科学的な基礎付け」を意図した、きわめて野心的な本であるということです。 この本の主な執筆者である故グンター・ヒルデブラント氏は、「時間生物学」の創始者の一人として名高い方ですが、アントロポゾフィーにとても造詣の深い人でした。 ご自身の障害を持った子どものために、シュタイナー学校を設立したこともあるそうです。 この本は、もともとは大学の教科書として使われることを目的に書かれているので、そのスタイルは簡潔で学術的なのですが、読み込んでいくと、その背後に壮大なアントロポゾフィーの世界観が広がっているのが感じられるのです。

ヒルデブラント氏の「時間生物学」はとてもユニークで、生体を無数のリズムからなる「系」(システム)として捉えます。 そのリズムは、周期が1秒に満たない神経系などの「短波リズム」から、女性の月経などの1日を超える長さの「長波リズム」までの大きなスペクトルのなかで展開されています。 そのなかにシュタイナーのいう人間の「三層構造」が映し出されているのです。 ヒルデブラント氏はそれを「代謝系」、「リズム性運搬・分配系」、「情報系」の三つに分けています。 これは言うまでもなく、シュタイナーの「四肢・代謝系」、「呼吸・循環(リズム)系」、「神経・感覚系」に対応しています。

さらに圧巻なのが、ヒルデブラント氏が、こうした生体リズムを「進化の流れ」のなかで捉えていることです。 生物のなかには、植物のように、夜と昼や日照などの外界のリズム(外因性リズム)に完全に依存しているものもあれば、動物のように独自のリズム(内因性リズム)を発達させているものもあります。 ヒルデブラント氏によれば、進化の流れは「時間的解放」に向かっており、人間はもっとも外界のリズムから解放もしくは「逸脱」した生物なのです。 そこに生活リズムの乱れから生じる文明病の原因もあれば、人間の自由の源もあり、いま人間はふたたび自分の意志で新たな「時間秩序」をつくりだしていかなければならないことが示されています。

本書の翻訳も、揚妻広隆氏や宮里幹也氏というアントロポゾフィー医学を学ぶ専門家の方々の協力を得て完成しました。 この分野は、アントロポゾフィーを科学的に捉えなおすだけではなく、東洋医学やその他の代替療法の理解にもつながる可能性を秘めていると思います。 多くの方々に読んでいただき、それがアントロポゾフィーのさらなる発展につながることを願っています。

入間カイ
本著の翻訳者で英独通訳翻訳業を生業とする。 「入間カイのアントロポゾフィー研究所」主宰。 主な著書に『三月うさぎのティータイム』(南方新社)、訳書に小冊子シリーズ『子ども時代の権利』など多数。

初出:オープンフォーラムNo.57
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