Apr. 2005 / No.40
オイリュトミー芸術は
社会のなかで育っていく
今月のこの人:ドロテア・ミーアさん インタビュー
今年2月、ドロテア・ミーアさんが芸術監督を務めるニューヨーク・スプリングヴァレーのオイリュトミー舞台グループが初来日しました。 その静かで抑制された動きの美しさは、満場の観客の目を奪いました。 今回のインタビューでは、オイリュトミーの基本をどこまでも大切に守り育てていこうとするドロテアさんの意志が伝わってくるようでした。 (写真:2005年2月16日、横浜のオイリュトミースタジオ・ルラでのインタビュー風景)
Forum3:ドロテアさんは、スプリングヴァレーの舞台の特徴はどんなところにあると思われますか。
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ドロテア・ミーアさん
Dorothea Mierドイツ人の両親のもとにイギリスで生まれ育つ。 寮制のヴァルドルフ学校生活を送り、バーミンガム音楽院でピアノを専攻。 卒業後、ドルナッハにあったレア・ファン・デア・パルスのオイリュトミー学校で学ぶ。 60年代〜70年代、マリー・サヴィッチ時代のゲーテアヌム舞台グループで活動しながら、母校で指導にあたる。 1980年、スプリングヴァレー・オイリュトミー学校の校長に招聘され、現在に至る。レアから受け継いだ音楽オイリュトミーには定評があり、ドルナッハでも定期的に音楽オイリュトミー講座をもっている。 今回来日したオイリュトミー・スプリングヴァレーアンサンブルの芸術監督として世界ツアーも行っている。
ドロテア:よく言われるのは、舞台上のオイリュトミストたちの周囲にとても広がりがあり、その空間がよく動くということです。 もうひとつは、動きに呼吸があること。
でも、このような質問に答えるのはとても難しいのです。 私はグループのただ中にいるわけですから。 こういうことは、外側から見てもらった方がよくわかるのではないでしょうか。
Forum3:なるほど。 では、舞台づくりではどんなことを大切にされていますか。
ドロテア:アメリカという国には、民主的に物事を進めていく気風があります。 出演者全員が意見を言いあいながら、グループ全体で作品をつくりあげていく。 ひとりひとりが舞台全体に責任をもち、仲間の作品に対しても気もちを送ることができる。 それは苦労の多い、時間のかかる作業ですが、とても大切なことです。 スプリングヴァレーでは、ソロよりもアンサンブルに比重を置いていて、それが舞台づくりの柱になっています。 それから、私は言葉よりも音楽的な要素から舞台をつくっていきますね。
Forum3:日本公演の印象は?
ドロテア:受け入れをしてくださった皆さんの配慮が細部まで行き届いていて、舞台に集中できたことです。 これはほかでは考えられません。 どの会場も満席だったのも嬉しかったです。 いつもですと、客席の真ん中あたりに人がいるだけで、私たちはそれを「目玉焼き」と呼んでいるのですが(笑)。 客席の反応や拍手のタイミングなどが、欧米とはとても違うということも学びました。 たとえば最後のショパンなどは、欧米では必ずカーテンコールがあって、アンコールも普通に行われます。
Forum3:アンコールができたんだ。 残念!
ドロテア:次にやるときは、もっと繊細に、どうしたらお客さんと一体になれるかということを考えていきたいですね。
芸術オイリュトミーに望むことは?
いま、“新しいオイリュトミー”と言われる流れがあって、いろいろなことが試みられているようです。 私はむしろ、事の本質はとても繊細なところにあると思っています。 いまは驚くような変化が起きるような段階ではなくて、たとえば、“N”、“D”というような子音の動き方、歩き方から一歩ずつ繊細に変わっていかなければならないのです。 現実は、まだそんなことさえもできていない、ほとんど何も始まっていないような状態だと思っています。
でも、一生懸命練習しているある瞬間に、ある人の動きのなかに、“パッ”と驚くような動きが見えることがあります。 「あ、これがオイリュトミーだ」、と思える瞬間があって、そういうときには霊的な世界がぐーっと働いてきて、その人の動きを通じてとても強いものを見せてくれる。 そういうことはありますね。
シュタイナーが与えた言葉や指示がほとんど何も実現されていないと言えるくらい、我々はまだ端緒にあるばかりです。 霊的な世界にあるものが、流れ、輝き出るように、貫き顕れてくることを期待しています。
Forum3:観客の側も育つことが必要ですね。
ドロテア:いま、私たちが目にするものは、刺激の強いものが多いですね。 そういうものを見慣れてしまった目には、オイリュトミーの舞台は何を見ていいかわからなかったりします。 ケーキをつくるには型と中身の両方がないとつくれない。 舞台も同じで、やるほうも努力するし、観るほうも努力して、そうしてはじめてひとつのものが成り立つわけです。
Forum3:オイリュトミーの歴史を歩んでこられたドロテアさんの目に、いまの世界はどのように映っているのでしょうか。
ドロテア:ニューヨークのメトロポリタン劇場などのようなメジャーな劇場は例外として、現代は本当に劇場に人が集まらない時代です。 コンサートにしても演劇にしても。 オイリュトミーもまたそのような道を歩まざるをえないのだと思います。
けれども、オイリュトミーの講座が至る所で体験できるようになり、従業員の心身の健康のために就業時間中にオイリュトミーの時間を設ける企業も増えてきました。 そのような場所でひとりひとりが自分を生き生きさせていく、そこにこれからのオイリュトミーの新しい芽があると思います。 オイリュトミーがもっと社会のなかで広がっていけば、ふたたび舞台芸術としての新たな道が見つかることもあるでしょう。 とくにアメリカの自由な土壌には、その可能性が詰まっていると思います。
インタビューは2005年2月16日、横浜にあるオイリュトミースタジオ・ルラで収録しました。 ドロテアさんは、ルラが主宰しているオイリュトミスト養成クラス・アルファの後見人でもあります。 この日はアルファの指導の後、オイリュトミードレス姿でインタビューに応じてくださいました。 通訳はルラの松山由紀さんと宇佐美陽一さん。 松山さん、宇佐美さん、連日のイベントでお疲れのところを、どうもありがとうございました。
オイリュトミースタジオ・ルラ
横浜市南区宿町2-40-223
T/F.045-716-3141
http://air.ap.teacup.com/musica/
e-mail:
しかしそうは言っても、オイリュトミーは芸術であることがまず基本です。 それは必ずしも舞台公演だけを意味するのではなく、まず最初に芸術があって、それが舞台や教育や治療などの領域のなかでそれぞれにふさわしいかたちの生命をもつということなのです。 それを忘れずに、しっかり守り育てていくことが大切ですね。
いま本当に必要なのは、たとえば、私たちが自由な人間として、思考と感情と意志を十全に働かせられるようになるには何が必要かということです。 現代の文化はたいてい、このことに逆行するようなものになってしまっています。 オイリュトミーはその人の全人間が関わることができる大切な芸術です。
なにもかもボタンひとつでできてしまう現代の文化は、時間に関わることの大切さも忘れてしまっています。 過去があり、未来があって、その間にいつも現在がある。 私たちはそこに生きているんだということを、オイリュトミーは生き生きと体験させてくれます。
現代の人たちはオイリュトミーを必要としているし、事実必要なのだと、私は言い切ることができます。
初出:月刊オープンフォーラム Apr. 2005 / No.40
オイリュトミー・スプリングヴァレー・アンサンブル
2005年日本公演「出航」上演に向けてのインタビュー
Q1 : スプリングヴァレーの特徴は?
昔の舞台グループは、ひとりの指導者がいて、その人への全幅の信頼の下で皆がやっていました。 その場合、ひとりひとりが主体になっていない作品は、心がそこにないということがしばしばありました。
現在のグループでは、おのおのがそれぞれのやり方でプログラムに関わっていき、だんだんと確信が皆のなかに生れてくるプロセスを大切にしています。 誰かひとりでも「できない」と言えば、そこで立ち止まってみます。 プログラム全体の呼吸をみながら、全員の確信の下に進めていき、全員が作品に責任をもつのです。 全員が発言して作品をよくしていく。 作品は誰のものでもなく、作品それ自体のものなのです。 この雰囲気はアメリカのよさでもあると思うし、ネイティブアメリカンの伝統のなかにも「トーキングスティック」という文化があって、そこにつながりを感じています。
Q2 : 日本にはどのような印象を?
前回(2002年5月,本誌No.13)は、講座参加者の喜びに満ちた姿に感動しました。 今回(2004年5月)は、2週間同じ日本の方たちと接して深まりがありました。
これから「日本のオイリュトミー」のあり方を考えていけたらと思っています。 箸を使う文化、包む文化、慎み深さなど、興味は尽きませんが、詩や俳句の言葉の「音」から大事なことはひも解かれていくと思います。 表現された意味からではなく、「音」。 そのことを通して、狭い意味での「日本人」から出て行くことができるといいですね。
オイリュトミー・スプリングヴァレー・アンサンブル
2005年日本公演「出航」
- 2005年2月11日(金)東京・大井町
- 2005年2月13日(日)神奈川・港南台
- 2005年2月14日(月)神奈川・大船
ワークショップ
- 2005年2月9日(水)東京・東久留米
- 2005年2月5日(土)神奈川・港南台
- 2005年2月12日(土)神奈川・港南台
初出:月刊オープンフォーラムJan.2005, No.38
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