Nov. 2003 / No.26
「ぬらしの技法」で
色の世界の旅人になる
芸術はすべての人のもの:長井麻美さん インタビュー
普段は指導が中心で、なかなか描く時間がもてない長井麻美さん。 オープンフォーラム誌への取材協力で水彩画を描いたこの日、絵筆を握りながら「楽しい、楽しい」と本当に嬉しそうでした。 そんな長井さんに、水彩の楽しさ、奥深さについて語っていただきました。 (写真:本誌No.26「芸術の秋 ― 大人のための水彩入門」より)
なぜ全員で同じ絵を描くのか
不思議に思いました
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長井麻美さん
2005年4月に開校したNPO法人横浜シュタイナー学園の1期生担任教師となる。 2007年現在、3,4年生合同クラス担任、2年生造形専科を兼任。 (2007年オープンフォーラム早稲田での講座「ヴァルドルフ教育 ― 私の学びの道」より)
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2007/08/26 → 詳細はこちら
私たちがシュタイナー教育で行われている水彩を知ったのは、20年以上も前になります。 私はまだ学生で、日曜日になると、葉山さんという染織家の方に手ほどきしてもらい、文献を調べながら試行錯誤で描いていました。 最初は画板もなくて、机の上に直接水貼りしてやっていましたね。 そのとき1回だけ、ドイツのシュタイナー学校の先生に教えてもらうチャンスがありました。
「月光の風景」というテーマで描いたんですが、「わあ、絵ってこんなふうに描くこともあるのか」と思いました。 当時は、「こうやればこれが描けます」というノウハウとして受けとめていたから、「たしかにきれいだけど、子どもたちの個性はどうなるの?」という印象はありましたね。
でも、これは「お絵かき」の時間じゃないんです。 月光のなかの青っていうのはこんな響きなんだ、赤のもつ本質というのはこういうことなんだよと、長い時間かけて体験を積み重ねていく、心の体操なんです。 だから、出来上がったものを見て、展覧会の作品のように「みんな同じ構図じゃないの」って批評するようなものではない。
図工教育は行き詰まっている
フォーラム・スリーで開かれている彫塑の会の活動の後、メンバーの森谷秀夫さんと一緒に食事をしながらの、楽しいインタビュー。 「『芸術は習い事』、そんな風潮のなかで高校の美術は小中校以上に危機的状況です」と、美術教諭の森谷さん。
いま、日本の図工教育はすごく行き詰まっていると思います。 先生たちは何をしていいかわからないから、結局、がらくたを使って動くおもちゃを作ろうとか、金網を子どもに与えて、適当に出来上がったものを展示して、それをオブジェだと開き直っている。 そのなかで子どもに何が育つんだろうと思います。 いかに子どもが楽しんで遊んでくれるかという、お客様本意の視点になってしまっている。
そういう図工教育的な世界にずっと浸ってきた大人がこの水彩に出会うと、「描くプロセスそのものに自分が入り込んでいくことが大事なんだ」と分かることで、ずいぶん解放されると思います。
全盲の人と描いた経験が
色の力を教えてくれました
全身で色を体験する。
ある講座で全盲の女性と水彩を体験したことがあったんです。 水平線を描くという課題だったんですが、「どの辺かしら」と場所は手で探るけれども、心の内がわで色の広がりみたいなものをしっかり感じながら描いていて、それは見ている方が癒されるようでした。
「そこにあるリンゴを描きなさい」というような絵画は彼女にとっては無縁かもしれませんが、「色の世界をここに広げるんです」と言われたことで、その垣根が取り払われたようでした。 「あっ、私も色の世界に入れるんだわ」という感じで、ゆったりと描いていましたね。
この水彩では、仕上がりはそんなに重要ではない。 「描いている」ということ自体の方がずっと重要なんですね。 それが彼女にとってはよかったんです。別の全盲の男性が参加した講座では、青を描いたら、「重苦しくて、冷たくて、私は息が苦しいです」と彼が言いだして、やっぱり色が与える力というのはすごいなあと思いました。
色の動きに積極的に関わることが学びです
この技法のよさは、境界線をつくらないことにあります。 シュタイナーは絵の要素のなかから線と面を分けなさいと言っています。 面は面として、線は動きの表現(フォルメンなど)として、別々に体験することが大切だということです。
水彩は面で描いていくのにもっとも適している。 初めて描く子どもたちに、丸筆を渡しちゃだめなんです。 丸筆を渡すと、子どもたちは線で描いちゃう。 平筆でたっぷりと色を動かしながら、色の面が別の色の面とあわさって、また違う色の面ができて、という体験です。
彫塑の会のメンバーとおしゃべりを楽しみながら、それぞれ自分で見つけてきた木の枝を削って仕上げた作品です。 味わいがあるでしょう!
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ポン、ポンと色を落としてにじませて、「わあ、きれい」と傍観している人がいますが、本当はただの「にじみ絵」じゃないんですね。 自分の筆の動きもそこに参加する。 色と色との間に自分も積極的に関わるということです。 「色の意見を聞きながら」ってよく言うけれども、自分勝手に関わるのではなくて、色が行きたい方向とか、混ざっていきたい雰囲気とか、全体の流れのなかでどうしていったらピッタリ来るかなと、耳を澄ましながら自分の意志で描いていく。 その辺はすごい試練というか、学びだと思います。
色を通して、人生にあらわれる機微みたいなものが受け取れるんじゃないかと思いますね。 芸術は決して芸術家になるためだけの道ではないと思います。 技師であっても、医者であっても、法律家であっても、芸術的な地盤をもった人間として仕事をすることができたら素晴らしいですね。
初出:月刊オープンフォーラム Nov. 2003 / No.26
