生と死・シエスパの事故を経験した女性
2007年8月12日から13日にかけて開いた、アントロポゾフィーの死生観、人間観、宇宙観についての小林直生さんの連続講義が終了した。
お盆シーズンで参加者が少ないのではないかと気を揉んだが、30名近い参加者を得て、エアコンの効かないオープンフォーラム早稲田の空間は「濃密な霊的雰囲気」に包まれた(笑)。霊的という言葉の半分は冗談だが、霊は熱のなかに現れるという意味、霊的な内容が語られる場には彼岸に生きる人々がたくさん集まってくるという意味においては真実だと思う。10時間に及ぶ長きにわたって、その彼岸の者たちを含めた私たちは、本当に充実した時間をともにできたのではないだろうか。
さて、最終日、軽食を食べながらの懇談で、ひとりの参加者の思いがけない体験を聞いた。その若い女性は、それまで質問することもなく、静かに講座を受けていたのだが、自分の自己紹介の順番が回ってくると(前の日にも自己紹介の場があり、2度目だった)、思い切ったように自分の体験を語り始めた。
プライバシーに関わるので詳細は省くが、彼女はあるきっかけで、爆発事故を起こした渋谷のシエスパにマッサージの短期従業員として働いていたという。爆発事故の前日、普段は感じたことのない頭痛を感じ、いぶかしく思いながらも、翌日にはそれもおさまり、普段通り出勤した。
そして、6月19日3時21分、彼女は爆発した休憩所に隣接する本施設の、休息所の反対側の窓から空を見上げ、その美しさに感じ入っていた。その次の瞬間から、彼女の人生のなかに、それまでの日常とはまったく異質のなにかが存在するようになるとは思いもしなかった。
3人の方が亡くなった。休息所に置いた自分の荷物は跡形もなく消え失せていた。そんな物理的状況以上に、彼女は自分の存在そのものの不確かさや意味について思わざるを得なくなったのだと言う。
小林さんの講義でもその答えは出ない。もちろんそうだろう。講義によって答えの出る人生など、この世にはひとつとして存在しない。彼女の話を囲む数十人の輪は、自分の言葉を確かめるように語る彼女の一言一言を、声もなく聞き入っていた。
アントロポゾフィー・人智学は、天に向けられた梯子(ハシゴ)のようなものだと思う。差し出された梯子を、右手、左足、左手、右足と、一歩ずつ、一手ずつ、右と左を行き来しながら、一段、また一段と登っていく精神の梯子。それを登るか登らないかはその人の自由に委ねられている。
彼女は自分の人生においてひとつの経験をし、その経験を通して認識の梯子の前に立った。彼女は登っていくだろうと思う。最初はおぼつかない足取りで。やがて確固とした足取りで。その行き先ははるか上方に小さな点となって見えるのみである。
