名称の話題を引き続き書く。
イギリスのアントロポゾフィー運動のリーダーのひとり、アンドリュー・ウォルパート教授が来日中に、こんなことを口にした。
「日本では、多くの人がルドルフ・シュタイナーのことを『シュタイナー』と呼ぶが、私はそれを耳にするとあまりいい気持ちがしないんだ。山田太郎さんという人が、他人からラストネームで『ヤマダ、ヤマダ』と連呼されたら不快に思うだろう。だから私は、彼のことを『ルドルフ・シュタイナー』と、フルネームで呼んでほしいんだ」。
なるほど、言われてみればそのように感じられる。そう言えば、作家の故ミヒャエル・エンデは、ルドルフ・シュタイナーのことを「ルーディ」という愛称で呼んでいた。これはもちろんルドルフ・シュタイナーのファーストネームをもじったものだ。しかし、個人的な会話のなかならともかく、書き文字で「ルーディ」を連発するのもいやらしい感じがする。
かといって、文中で何度も「ルドルフ・シュタイナー」を繰り返すのもくどくどしいし、「ルドルフ」では通りが悪い。「シュタイナー博士」、あるいは「ドクター」という訳も見かけるが、権威を嫌う現代人にはかえって疎遠な印象を与えるように思う。
いまは窮余の策として、「R.シュタイナー」という逃げの一手を使っているが、どなたかもっとスマートな妙案があったらぜひ教えてほしい。
ところで、このことを前回の名称問題に引きつけて考えると、「シュタイナー学校」というのは「ヤマダ学校」というのと同じことになる。「アベ学校」、「ミヤザワ学校」、「サトウ学校」。やっぱりどこかヘンではないだろうか?
