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2007年08月 アーカイブ

2007年08月09日

ブログはじめました

フォーラム・スリーの活動をスタートして以来、活動の基本的姿勢として、自分自身の考えを述べるよりも、アントロポゾフィーの世界で活躍する人々の考えや思いを伝えることに専念してきた。これからもその方針は貫いていくつもりだが、ブログなどのツールを使って、これからは自分自身の考えや出会いについても語っていこうと思う。
「三相至嘱」は思いつきでつけたタイトルだが、アントロポゾフィーの背景に常に流れている三つの相の調和した響きこそ、未来に託すことのできるリアルな「夢」であるという思いがある。もっといいタイトルが見つかるかもしれないが、それまではこのタイトルでお付きあいいただきたい。

仕事が多忙を極めているため、頻繁な更新はいまのところ望めそうもないし、コメント等への返事もなかなか書けないと思うが、あらかじめ失礼をお許しいただけたらと思う。

HP制作を仕事に

フォーラム・スリーの仕事に、Webページ制作の仕事が加わった。

いままで、Webページ制作の仕事は、外からの要請で制作したものもあるにはあったが(それは後ほど紹介したい)、主にフォーラム・スリーのインフォメーション・サイトやDr.ハウシュカのサイトなど、自分たちの必要からWebサイトの制作を手がけてきた。

本格的にWeb制作を仕事として考えるようになったのは、昨年の暮れだったか、友人の入間カイ君からゲーテアヌムの自由大学・医学セクションのHPの日本語化作業を依頼されたことがきっかけだった。本家のサイトはTypo3というCMS(データベースを使ったコンテンツマネージャー)を使用して構築されていたが、CMSが日本語を正しく扱える可能性が低かったことから、すべてのタグを一から書き直して、数十ページにわたるページを手書きで独自のHTML構造に書き直すことにした。実際、サイトにアップロードしてみると、日本語を正しく表示するためにサーバー側の設定が必要であることが分かり、これは正しい選択だったと思う。知識のある方はロシア語のページのソースを見てほしい。すべて文章がリテラルのコード表記で記述されていて、日本語でこれをやることが現実的でないことがわかるだろう。

それはさておき、弾丸のような猛烈さで翻訳を打ち出してくるカイ君とのコラボはたいへん楽しい作業だった。いままで私は自分の活動のためにコツコツとタグを書いてきたのだが、自分以外の人々や団体のために仲間とコラボを組んで作業する楽しさに、すっかり目覚めてしまった。そのことがWebページ制作を正規の仕事にしようと思い立つきっかけを与えてくれた。

もうひとつのきっかけに、フォーラム・スリーをその赤字経営からそろそろ脱却させなければという思いがある。そのために、新しいことに挑戦していくことを恐れてはならないだろう。幸い、これまで培ってきたWeb制作のスキルは、プロの仕事として充分なレベルにあると思う。別の機会に書こうと思うが、独創的なWeb管理マネージャーも独自開発した。ニュースレター編集で培ったコピーライティングやテキストライティングのセンスは、他では得られないものだと思う。

Web制作がフォーラム・スリーのメインの仕事になることはないだろうが、フォーラム・スリーの活動をしっかり支えてくれる柱になってくれるだろう。関心をおもちの方は、ぜひお声をかけてほしい。

テリー・ボードマンさんを囲む集い

フォーラム・スリーのWebサイトでは案内していないのだが、8月末にイギリスの社会派アントロポソフィスト、テリー・ボードマンさんを囲む集いを計画している。

テリーさんは歴史兆候学を中心とした社会分野の研究家で、現代アントロポゾフィー運動の生の動きもするどくウォッチしている。
http://www.monju.pwp.blueyonder.co.uk/

日本に長く暮らした経験もあり、漢字交じりの論文をすらすら書くほどの日本通で、先日会談したときも彼の日本語はまったくさび付いていなかった。日本時代には、京都を中心に関西で活動し、関西のアントロポゾフィーやヴァルドルフ教育の活動は彼なしには成立しなかったと言っても言い過ぎではないと思う。

集いは8月30日(木),31日(金)のいずれかの夜に開催予定。関心のある方はご一報いただきたい。

集いのテーマは、彼の最新の研究成果「カスパー・ハウザー」。インドのアマラ、カマラの姉妹、フランスのアヴェロンの野生児とともに教育学の教材として知られるカスパー・ハウザーは、生後まもなく地下牢に幽閉されて育ったものと推定され、青年になって発見されて間もなく、謎の刺客にナイフで刺され、この世を去った。

ルドルフ・シュタイナーは、このカスパー・ハウザーについて、「彼があのような運命をたどらなかったとしたら、現在の歴史はまったく違ったものになっていただろう」と述べている。この、謎めいた存在、カスパー・ハウザーについての研究成果をテリーさんとともにしたいと思う。

当日は、日本のカスパー・ハウザー研究者であるキリスト者共同体司祭・小林直生さんも駆けつけてくださる予定(あくまで予定)。ほかにもスペシャル・ゲストに声をかけているので、そのへんのドキドキ感も楽みにしてほしい。

詳細はまた後ほど。

社会論に導かれたきっかけなど

ルドルフ・シュタイナーの社会有機体論についてこつこつ研究してきた。

きっかけは、日本ルドルフ・シュタイナーハウス(現日本アントロポゾフィー協会)の会費制をめぐる議論だった。

当時、「社会問題の核心の会」という読書会で、ルドルフ・シュタイナーの『現代と未来を生きるのに必要な社会問題の核心』を読んでいた私は、ハウスのなかで語られる「経済の友愛」という言葉と、ルドルフ・シュタイナーが著書のなかで語る内容の間に大きな齟齬があることに気がついた。

若輩者の私は、自分自身の読み方が間違っているのか、ハウスのオーソリティーの理解が誤っているのか、確かめたいという一心で、オーソリティーたちに問いを投げ、機関誌に記事を書き、果ては協会の総会に「三層構造を生きる」というテーマを推してシンポジウムを開きもした。しかし、論点はなかなかかみ合わない。理由は、当時のオーソリティーたちにとって、三層構造がファッションでしかなかったことに尽きる、と思う。

当時(1990年台前半)は、アントロポゾフィーに関する文献もまだまだ少なく、活動の原動力の多くをオーソリティーに依存していた。勢い、オーソリティーたちはジェネラリストであることを求められ、アントロポゾフィーのあらゆる分野をひとりで紹介するという役割を引き受けなければならなかった。たとえ社会的分野へのセンスがなくても、三層構造をひととおり説明できなければならない。その状況が、ルドルフ・シュタイナーの社会論についてのあまりにも大きな過ちに、私たちを引き込んでいく。

問題は大きくふたつにしぼられる。ひとつは、ルドルフ・シュタイナーの社会論がマクロな社会についての論であるにもかかわらず、わずかな人たちのグループにもそれが適用できるとという思い込みであり、もうひとつは、経済という術語の誤った解釈だ。

これはゲーテアヌム理事ポール・マッカイとの話しあいで彼が指摘してくれたことだが、ルドルフ・シュタイナーが問題にする社会の三つの領域、精神生活、法生活、経済生活は、それぞれが対応する社会の最小単位を異にしている。精神生活はたったひとりの個人から関係してくるものだが、法生活はひとりでは始まらない。複数の人間関係のなかではじめて意味をもつ領域だ。そして、経済はより大きなスケールの社会でのみ意味をもつ。

もうひとつ重要なのは、ルドルフ・シュタイナーが使う「経済」という言葉の定義だ。ルドルフ・シュタイナーは、「経済」という言葉を、非常に厳密なかたちで用いている。それは、商品の生産と流通と消費に関わるプロセスのことであり、そこにはお金は含まれないということ。だから、商品を生み出さない共同体のなかには、経済領域はそもそも存在し得ないのであって、アントロポゾフィー協会や学校などの共同体運営に三分節社会論を持ちこむことには無理があるのだ。

『社会問題の核心』を素直に読めばすぐに分かることなのだが、一度広まってしまった先入観を払拭することはたやすいことではない。ヴァルドルフ学校や幼稚園のなかにまで広がった「経済の友愛」ドグマによって、多くの悲劇が生まれることになった。

しかし、ここでこのことを深追いすることはしない。すべての出来事には意味があるのだ。私自身にとっても、このことで経験した葛藤は、その後の社会論探求の礎ともなり、まったく畑違いの私にもルドルフ・シュタイナーの素晴らしい経済論に目を開かせてくれるきっかけをあたえてくれた。

そのことに感謝しつつ、これから私の学んだことを多くの方とシェアできればと思う。先人たちがそうであったように、私自身も誤解していることもあるだろう。お気づきの点があればご指摘いただければ幸いだ。ただし、すぐにレスをつけられないことが多いと思うので、その点はご容赦いただければと思う。

感覚フォーラム第2回

いま、感覚フォーラムの第二回を計画している。次回はホリスティックな医療と取り組まれてきた医師の山本百合子さんが参加して下さることに。

次回の会場は横浜郊外にあるアウディオペーデ研修センター。東横線の綱島駅から少し遠いため、アクセスがたいへんだが、広々とした空間で貴重な音の体験をしていただけると思う。午前中には、山本百合子先生の専門の皮膚科の話題を中心にした「子育て講座」も予定されているので、あわせて参加されるのもよいだろう。10月14日、スケジュールにチェック!

なお、感覚フォーラムは子どもだけを対象とした活動ではないが、子ども時代のためのアライアンスの活動を強く意識している。子ども時代のためのアライアンスに関心をおもちの方もぜひ参加してほしい。

PDF版チラシ(下記のページを開いて「SOS」のロゴをクリック)
http://www.forum3.com/#newsfree

では、取り急ぎ。

裁判員制度と社会の三分節化

オープンフォーラムNo.64の「ニュースフラッシュ」のコーナーで「裁判員制度はルドルフ・シュタイナーの社会有機体三分節化に逆行」と書いたところ、ひとりの読者が記事に反応してくださった。

編集者としてもあの記事の説明では不十分だと理解しており、いずれきちんと特集を組むつもりでいる。ただ、その企画も少し先のことになりそうなので、ここで簡単に説明をしておきたい。

ご存じの通り、ルドルフ・シュタイナーの社会論に関する基本的な文献は以下の3冊が邦訳となって刊行されている。

  • 『現代と未来を生きるのに必要な社会問題の核心』(イザラ書房)
  • 『シュタイナー経済学講義』(筑摩書房)
  • 『社会の未来』(イザラ書房)

裁判員制度に関係する内容は、特にこのうちの『社会問題の核心』に述べられている(130~131頁)。かいつまんで書くと、ルドルフ・シュタイナーはそこで、裁判など司法に関わる事柄のすべては法の領域から切り離し、精神生活の領域に委ねられなければならないと語っている。裁判における正しい判断は、無作為に抽選された一般人によっては決して実現せず、裁かれる側の個々の具体的状況を把握できる感受性と理解力をもっていることが条件となる。そのためには、文化の領域から意識的に裁判官を選出するような社会システムが必要だというのだ。

日本での裁判員制度導入の動きの背景にはいろいろな要素があるようだが(それはまた追って報告したい)、司法の本質と立法の本質をはき違えた思考方法がその根底にあるように思う。立法においては、成人した人なら誰もが有する判断力に基づいて法律が形成される。そこでは「一般」の原理が働くのだが、一方、司法の領域においては「個別」の原理が適用される必要があるということなのだ。事柄に即して考えれば、ルドルフ・シュタイナーの言い分に深く頷くことができるだろう。

この雑文が裁判員制度の意味を再検討することに少しでも役立てば嬉しく思う。

なお、この記事を掲載したオープンフォーラムNo.64は、2007年10月のフリー公開までは購読者にのみ公開している。本誌をお読みいただくことは、フォーラム・スリーの活動を支えていただくことにもつながる。購読をされていない方は、ぜひ購読手続きをしてほしい。

2007年08月10日

「一般性」「個別性」「相互性」

前の記事で、立法は「一般性」に関わり、司法は「個別性」関わると書いた。

このことは、じつはルドルフ・シュタイナーの著書を読んでも明確には書かれていない。これは私がルドルフ・シュタイナーの社会論と付き合っていくなかで行き着いたオリジナルなアイディアだが、この整理の仕方によってこの社会論への見通しが格段によくなると思っている。

ルドルフ・シュタイナーは、彼の社会論のなかで、社会のなかに以下の3つの領域を認めている。

  • 精神活動の領域
  • 法活動の領域
  • 経済活動の領域

それぞれの内容をそのままの言葉の印象から類推すると、ルドルフ・シュタイナーの社会論を正しく理解することがかえって難しくなる。彼が「精神」「法」「経済」という言葉で何を指し示しているか、ここで一度明確にしておきたい。その考察の出発点として、私たち自身、つまり社会における人間のあり方を見ていくと、ルドルフ・シュタイナー独特の観点に近づきやすくなると思う。

社会における私たちのあり方は、3つの相をもっている。

  • 一般性:ひとりひとりがみな、同じ人間であるということ。あなたもわたしも同じ人間であるという部分を共有しているという事実。
  • 個別性:ひとりひとりがみな、個としての違いをもっているということ。あなたはあなた、わたしはわたし、であるという事実。
  • 相互性:ひとりひとりがみな、ひとりでは生きることができず、他者によって支えられ、またわたしも他者を支えているということ。人はみな、支え合って生きているという事実。

この事実は、誰しもが無意識にであっても明確に経験していることだと思う。大切なのは、その経験を自分の明らかな意識のなかに照らし出してみることだ。社会は人間がいなければ存在しない、人間のふるまいの総体であることに異論はないだろう。人は常に、先にあげた3つの相をダイナミックに移行しながら社会生活を営んでおり、3つの相とその人との関係の仕方が、社会の有り様を規定していると言える。そのことを、自分自身の内側の体験を敷衍していくことでリアルに感じることができれば、私たちはよりよく社会有機体とつながっていくことができる。

このことに基づいて、「精神活動」「法活動」「経済活動」の真の意味を探っていこう。

自らに向けた権利運動とは?

ある方から、次のようなメールをいただいた。

「感覚フォーラムにとても興味があります。ここ名古屋でも何かできないかなと考えているところです。残念なことに秋の東京での会は他用があり参加できませんが、又いつか参加したいです。30年も前、嫌煙権運動に参加していましたが、その時は今のような禁煙社会が来ると言う希望もなく、ダメモトでやっていましたので、今電車などに乗る時は感無量です。感覚フォーラムもいつか静かな環境が来ることを期待して、静かに粛々とやっていくことが大事でしょうね。勝手なことを書きましたがお許しください」。

たいへんありがたいメッセージだ。感覚フォーラムをスタートするにあたって嫌煙権の事例を参考にしたのは、感覚フォーラムの本質を自らに向けた権利運動として位置づけようと考えたからだ。

感覚フォーラムの活動の先には、日本社会における健全な権利意識の発展という大目標がある。日本の社会は、往々にして個人の権利を単なるわがままとして切り捨ててしまう、個人やマイノリティーの権利が抑圧された社会だ。

国の力が弱まり、社会運営を市場原理に預けてしまおうという政治的なベクトルが働くいまという時代は、社会運営を市民が担っていくというもうひとつの道を示すチャンスでもある。しかし残念ながら、その道を示して行くには、いまの日本の市民社会はあまりにも未成熟。強い国家に支えられた親方日の丸の依存体質のなかで、市民の権利意識はよちよち歩きの段階にある。その未熟な権利感覚を保守層は攻撃し、ますます人々は権利から遠ざかるという悪循環のなかで、私たちにいったい何ができるのか。

私は、権利というものの本質を、とらわれのない目でもう一度とらえ直すことが大切だと思う。真の権利意識というものは、多くの保守的な人たちが考えるようなエゴではない。むしろ、自分が人間であることの土台を築くような、根元的な人間の尊厳から生まれてくるものなのだ。自分を純粋な人間として見つめたときに、そこに存在する人としての尊厳を、ひとりひとりの市民が自分のなかに確認していく作業こそ、感覚フォーラムの真骨頂だと思う。

「感覚の尊厳」というキーワードは、そのことを考え、育むための、最高の素材だと思う。

2007年08月11日

「精神活動」「法活動」「経済活動」

前回述べた「個別性」、「一般性」、「相互性」という3つの相は、ルドルフ・シュタイナーの言う社会の3領域、「精神活動」、「法活動」、「経済活動」のなかで働く原理である。

  1. 精神活動

    精神活動(精神生活とも)の領域は、人間の「個別性」に関わる社会生活のすべてが属している。その人の才能、物事の考え方、身体能力や性格など、その人固有の事柄に関わることすべてがこの領域に帰属する。

  2. 法活動

    法活動(法・国家生活とも)の領域は、人間の「一般性」に関わる社会生活のすべてが属している。純粋な人間性の観点から見て人が人間らしく生きるための、尊厳や権利に関わる事柄すべてがこの領域に帰属する。

  3. 経済活動

    経済活動(経済生活とも)の領域は、人間の「相互性」に関わる社会生活が属している。人が人間らしい生活を営むために、商品が生産され、流通され、消費されるまでのプロセスがこの領域に帰属する。

ルドルフ・シュタイナーの社会論の肝は、人間がもつ「個別性」、「一般性」、「相互性」というそれぞれの相が、社会の中にはっきりと独立した領域として表現されていくという一点に尽きる。個別性の原理がきちんと精神活動の領域のなかで働き、一般性の原理は法生活のなかで、相互性の原理は経済活動のなかで働くときに、社会は健康を維持することができるという。それはそうだろう。まず、「一般性」と「個別性」を同じ鍋のなかに入れることはできない。

たとえば人は自分の仕事を選ぶときに、多くの場合、自らの個性に適合する職業を探そうとするだろう。そこでは個別性の原理が働いている。同じその人が失業したとする。その人は職業安定所に赴き、失業保険を請求する。失業保険は、働く者すべての権利として、その人の個性にかかわりなく支給される。そこでは一般性の原理が働いている。

もしも失業保険の支給がその人の能力や信条などによって左右されるとしたら、私たちが人として生活する権利が脅かされることになる。また、職業がその人の適性にかかわりなく、平等に分配されるなら、社会はたちまちのうちに麻痺してしまうことだろう。

「相互性」もまた「個別性」「一般性」とはかみ合わない。経済循環において、生産された商品は平等に分配されればよいというものではないし、ある特定の才能をもった人物に独占されるようなことがあれば、それもまたおかしなことだろう。経済は、供給力とニーズの相互性のなかでバランスが保たれるときに、もっとも健全さを保つことができる。

以上の原理を踏まえて、社会のなかのさまざまな活動の本質が、「精神活動」、「法活動」、「経済活動」のどこに位置づけられるのか、さらに見ていきたい。社会の意外な様相がそこに現れることに、驚かれるかもしれない。

テリー・ボードマンさんを囲む集い2

テリーさんの集いが煮詰まってきた。以下がほぼ確定の情報。

テリー・ボードマンさんの集い
お話のテーマ「カスパー・ハウザー」

2007年8月31日(金)18:30~
オープンフォーラム早稲田にて
参加費は無料(会場維持の寄付は歓迎)

詳しい内容は前の記事を参照してほしい。

じつは、この講座に先立って、社会問題に関心をもつアントロポソフィストの小カンファレンスを予定している。グローバリゼーションを背景にした世界情勢、ヨーロッパのベーシック・インカム論争、世界と日本のアントロポゾフィー協会の動向、日本の教育制度の行方とヴァルドルフ学校やオルタナティブ学校間の連帯の可能性等々…、いったい何が飛び出すだろうか。日本を代表する社会派アントロポソフィストたちの白熱した話しあいの余韻が、夜の集いにももたらされるはず。いまから楽しみだ。

月刊「オープンフォーラム」に掲載したテリーさんの寄稿「パレスチナ問題と9.11後の世界」をHTMLで読めるようにした。こちらもぜひお読み下さい。

2007年08月13日

韓国からのお客様

オープンフォーラム誌上でたびたびお伝えしてきた、韓国の緑の森の学校から1年生のクラス担任・金弘昌さん、同校の日本語教師の新妻由江さんが2007年8月19日にフォーラム・スリーを訪問してくださる。

私は2年ほど前に、あるメーリングリストで新妻由江さんと知りあった。ちょうどNPO法人横浜シュタイナー学園で開かれた永田佳之さん(当時、国立教育政策研究所研究員)による、世界のオルタナティブ学校の動きのレクチャーを聴き、自分のなかで教育制度面での韓国の先進性に関心が高まっていたので、韓国のヴァルドルフ学校で日本の女性が教師をしているという話に興奮してしまった。

さっそく熱いメールを送ると、最初は慎重な返信をいただいたが、やりとりを重ねるに連れ、やがてこちらを信頼してくださり、オープンフォーラムに記事まで送って下さるようになった。そして、今年の2月にはフォーラム・スリーがご縁をとりもって、緑の森の学校の教員研修で高橋巖さんが講師を務めるという出来事も実現した。学校側も高橋巖さんもこの出来事をたいへん喜んで下さったようだ。

そんな新妻さんが、夏に来日(帰国?)されるとのこと。「せっかくだから、日本のヴァルドルフ教員の集いに参加されては?」と誘いをかけた。2005年に台湾で開かれたアジア・ヴァルドルフ教員会議に刺激され、日本で学校を超えたヴァルドルフ教員の集いが毎年開かれているのだ。すると、オープンフォーラム誌に日韓の交流の呼びかけ文を寄せてくださった金弘昌さんが、自分も参加したいと希望された。

韓国の先生の積極性に少々たじろいだが(笑)、面白いので教員の集いの呼びかけ人・秦理絵子さんに仲介したところ、話はトントン拍子に進み、今回の来日に。

写真中央が高橋巖さん、その左が金さん、右端の女性が新妻さん

金さんは、韓国のヴァルドルフ幼稚園関係にもつながりが深いらしく、幼児教育関係者とも交流を希望し、19日には日本シュタイナー幼児教育協会の理事のおひとりにも来ていただくことになった。またまた興味深い集いになりそうだ。

韓国という国は、日本とよく似たところがある。他のアジア諸国は、「私たちは欧米に学びに行くことなんかできないから、先生たち来てよー」というスタイルで、巡回教員養成が行われているのだが、韓国・日本は、欧米で学んだ人たちが自前のつながりのなかで自分たちの教育をつくっていくスタイル。韓国・日本の運動にはある種のプライドのようなものが、共通項として感じられる。

それはよい部分もあるのだろうが、台湾、タイ、シンガポール、マレーシア、ネパール、インドなどの地域が巡回教員養成の講師を介して共有しているゆるやかなネットワークから、韓国・日本ははずれてしまっているということは意識しておくべきだろう。

この溝が大きくなる前に、日本・韓国は、意識的にアジアのイニシアチブ(APIG)とのつながりをつくっていく必要を感じている。

関連の特集をオープンフォーラムNo.64で紹介している。読んでいただければ嬉しい。

2007年08月14日

韓国と日本のヴァルドルフ学校・交流の呼びかけ

先の記事に書いた、金弘昌さんによる呼びかけ文を紹介する。

こんにちは、韓国のシュタイナー学校「緑の森の学校」です。

私たちの学校は、韓国の京畿道に位置し、2007 年で5 歳になります。現在1 年生から7 年生までの子どもたち64 人が通っています。子どもたちのなかには何人か、学習をする上で手助けを必要とする子どもたちもいます。

私たちの学校が、まだ5 歳という幼児期にあり、健全な精神と身体をもち、未来に向かって成長していくにあたって、周辺の身近な国々のシュタイナー学校とともに努力していけたらと思っています。

同僚の学校として、シュタイナー学校に限らず、人智学やシュタイナー教育を志向するすべての団体との交流を考えています。さらに、シュタイナー教育が、ドイツや西洋の教育だけではなく、各個人と国の未来に向かった、新しい精神の学校として発展していくためにも、他の地域や国々との協力が必要に思われます。その具体的な構想として、次のような事柄があげられます。

  • 定期的な日韓シュタイナー学校教師の研修
  • 高学年の子どもたちの交換留学、学校訪問による相互交流
  • 5 年生の子どもたちが参加する国家間のオリンピック(シュタイナー学校の体育で取り組まれる5 種競技の大会)
  • その他、交流に関わるすべてのアイディアの実現

1919 年以来、シュタイナー学校は80 歳を過ぎ、1 世紀にさしかかろうとしています。伝統にとらわれないシュタイナー教育は、いま、私たちの精神と文化の中で、西洋の踏襲ではない私たちの努力と葛藤を通して、固有の姿を保持しなければならないと思います。私たちはよく認識しています。現代社会における個人と個人の困難、長期にわたる国家間の偏見とさびしさ。このような状況は、未来に花を咲かせるための人間の成長における、ある一時期の状況かもしれません。

未来に向けたこの一歩を、一人ではない、意思を同じくする同僚の学校あるいは、団体と共に歩んで行けたら幸です。

筆責:緑の森の学校教師 金 弘昌
翻訳:同校日本語講師 新妻 由江

オープンフォーラムNo.59掲載記事

2007年08月15日

陽亮11か月

昨年9月に生まれた息子が今日で11か月の誕生日(?)を迎える。

ヴァルドルフ教育で言うところの「頭の小さいタイプ」で、両親に似て神経質なタイプだが、ニコニコとハッピーで、しっかりと肉付きのよい身体はずっしりとして「詰まっている」という形容がふさわしい。お陰様でいまのところ病気知らずで、春先に一度だけ出した高熱も一日で収まってしまった。

日々子どもを間近にみるなかで、あらためてルドルフ・シュタイナーやカール・ケーニッヒの言葉に耳を傾けてみると、いままで読み落としてきてしまった観点に出会い、はっとさせられる。

最近、『シュタイナーの美しい生活』というタイトルで西川隆範さんが編んだルドルフ・シュタイナーの講演録集を読んだのだが、そこに、「子どもの教育を子ども対大人の関係で見るのはマーヤー(幻影)である」という趣旨の一節があった。

私たちの肉眼に見えている子どもを教育することは決してできない。「私たちが今の人間として、今の子どもに語るというのはマーヤーで」あって、「私たちの教育者としての来世が、生徒の前世と語りあう」のだと、R.シュタイナーは言う。つまり、目の前にいる子どもの本質は前世の生の結実であり、大人が教育的に働きかけることができるのは、大人のなかの未来へと携えていく力だけである」という指摘を、いまなら理解できる気がする。

あと一月で陽亮・ルーカスの誕生日。連れあいは今からプレゼント用の人形づくりに精を出し、私にも「何か作れ」とせっつくが、いまはただ、彼の全存在を受けとめ、これからお互いを繋いでいくための言葉を紡ぎ出すことで精一杯の日々である。

生と死・シエスパの事故を経験した女性

2007年8月12日から13日にかけて開いた、アントロポゾフィーの死生観、人間観、宇宙観についての小林直生さんの連続講義が終了した。

お盆シーズンで参加者が少ないのではないかと気を揉んだが、30名近い参加者を得て、エアコンの効かないオープンフォーラム早稲田の空間は「濃密な霊的雰囲気」に包まれた(笑)。霊的という言葉の半分は冗談だが、霊は熱のなかに現れるという意味、霊的な内容が語られる場には彼岸に生きる人々がたくさん集まってくるという意味においては真実だと思う。10時間に及ぶ長きにわたって、その彼岸の者たちを含めた私たちは、本当に充実した時間をともにできたのではないだろうか。

さて、最終日、軽食を食べながらの懇談で、ひとりの参加者の思いがけない体験を聞いた。その若い女性は、それまで質問することもなく、静かに講座を受けていたのだが、自分の自己紹介の順番が回ってくると(前の日にも自己紹介の場があり、2度目だった)、思い切ったように自分の体験を語り始めた。

プライバシーに関わるので詳細は省くが、彼女はあるきっかけで、爆発事故を起こした渋谷のシエスパにマッサージの短期従業員として働いていたという。爆発事故の前日、普段は感じたことのない頭痛を感じ、いぶかしく思いながらも、翌日にはそれもおさまり、普段通り出勤した。

そして、6月19日3時21分、彼女は爆発した休憩所に隣接する本施設の、休息所の反対側の窓から空を見上げ、その美しさに感じ入っていた。その次の瞬間から、彼女の人生のなかに、それまでの日常とはまったく異質のなにかが存在するようになるとは思いもしなかった。

3人の方が亡くなった。休息所に置いた自分の荷物は跡形もなく消え失せていた。そんな物理的状況以上に、彼女は自分の存在そのものの不確かさや意味について思わざるを得なくなったのだと言う。

小林さんの講義でもその答えは出ない。もちろんそうだろう。講義によって答えの出る人生など、この世にはひとつとして存在しない。彼女の話を囲む数十人の輪は、自分の言葉を確かめるように語る彼女の一言一言を、声もなく聞き入っていた。

アントロポゾフィー・人智学は、天に向けられた梯子(ハシゴ)のようなものだと思う。差し出された梯子を、右手、左足、左手、右足と、一歩ずつ、一手ずつ、右と左を行き来しながら、一段、また一段と登っていく精神の梯子。それを登るか登らないかはその人の自由に委ねられている。

彼女は自分の人生においてひとつの経験をし、その経験を通して認識の梯子の前に立った。彼女は登っていくだろうと思う。最初はおぼつかない足取りで。やがて確固とした足取りで。その行き先ははるか上方に小さな点となって見えるのみである。

2007年08月20日

カイ君のアントロポゾフィー研究所

私のブログ先輩である入間カイ君の「入間カイのシュタイナー探訪」というブログが、「入間カイのアントロポゾフィー研究所」にリニューアルした。

聞いたところによると、リニューアルの背景はなかなか込み入っているが、名称が「シュタイナー」から「アントロポゾフィー」に変わったという単純な受け取り方でも、そこからいろいろな刺激を受けることができる。

私は、アントロポゾフィー・人智学の運動に「シュタイナー」の名称を冠することに、いつも小さな抵抗を感じる。オープンフォーラムの誌面では、なるべく「シュタイナー学校」を「ヴァルドルフ学校」と表記しているし、「シュタイナー思想」という言葉を誌面で使ったことは、たぶん一度もないと思う(もちろん、団体名などの固有名詞はその命名者の意向を最大限に尊重しているわけだが)。

それは、ルドルフ・シュタイナーを尊重しないとか、ルドルフ・シュタイナーを超えたいというような、不遜な考えからではなく、むしろルドルフ・シュタイナーの遺志を尊重しようとすれば、必然的に導かれる選択ではないかと思っている。

ルドルフ・シュタイナーの講演録を読み込んでいくと、ある印象を抱くようになる。彼が語る言葉は、常にアントロポゾフィー・人智学という客観的な存在を体現する言葉であって、その意味で彼の言葉ではない。もちろん、ルドルフ・シュタイナーという人格を通してそれは表現されているのだが、その言葉のなかで彼はどこまでも無色透明になろうとする。

ルドルフ・シュタイナーが為した仕事は、本来、彼の恩師であるカール・ユリウス・シュレーアーが為すべきものであったと、ルドルフ・シュタイナーは彼の自伝で述べている。アントロポゾフィー・人智学という実態が地上において形をとるための仲介者は、ルドルフ・シュタイナーという人格に還元されるものではない、ということはたいへん重要な指摘だと思う。

彼の自伝を読むたびに、ルドルフ・シュタイナーが築いたものは、シュタイナー思想でもなく、シュタイナー学校でもなく、シュタイナー医学でもなく、シュタイナー農法でもなく、あなたの考え、あなたの教育、あなたの医学、あなたの農業だったのだ、という思いを新たにする。

その遺志を忘れないためにも、名称ひとつが大きな意味をもつのだと思う。

しかし、その選択は、やはり個々の判断に委ねられるべきだ。私の考えが誰かを縛ることを私は望まない。この文章を考えるための材料としていただければ嬉しく思う。

オープンフォーラムNo.60に関連記事があるので、興味があったら読んでください。)

2007年08月22日

ルドルフ、ルーディ、シュタイナー

名称の話題を引き続き書く。

イギリスのアントロポゾフィー運動のリーダーのひとり、アンドリュー・ウォルパート教授が来日中に、こんなことを口にした。

「日本では、多くの人がルドルフ・シュタイナーのことを『シュタイナー』と呼ぶが、私はそれを耳にするとあまりいい気持ちがしないんだ。山田太郎さんという人が、他人からラストネームで『ヤマダ、ヤマダ』と連呼されたら不快に思うだろう。だから私は、彼のことを『ルドルフ・シュタイナー』と、フルネームで呼んでほしいんだ」。

なるほど、言われてみればそのように感じられる。そう言えば、作家の故ミヒャエル・エンデは、ルドルフ・シュタイナーのことを「ルーディ」という愛称で呼んでいた。これはもちろんルドルフ・シュタイナーのファーストネームをもじったものだ。しかし、個人的な会話のなかならともかく、書き文字で「ルーディ」を連発するのもいやらしい感じがする。

かといって、文中で何度も「ルドルフ・シュタイナー」を繰り返すのもくどくどしいし、「ルドルフ」では通りが悪い。「シュタイナー博士」、あるいは「ドクター」という訳も見かけるが、権威を嫌う現代人にはかえって疎遠な印象を与えるように思う。

いまは窮余の策として、「R.シュタイナー」という逃げの一手を使っているが、どなたかもっとスマートな妙案があったらぜひ教えてほしい。

ところで、このことを前回の名称問題に引きつけて考えると、「シュタイナー学校」というのは「ヤマダ学校」というのと同じことになる。「アベ学校」、「ミヤザワ学校」、「サトウ学校」。やっぱりどこかヘンではないだろうか?

自由ヴァルドルフ学校の「自由」とは?

名称の問題はまだまだある。

「自由ヴァルドルフ学校(Freie Waldorfschule)」、「精神科学(霊学)自由大学(Freie Hochschule für Geisteswissenschaft)」等々についている「自由」という言葉が何を意味をしているのかについて、皆さんは熟考したことがあるだろうか。

キリスト者共同体の小林直生さんに指摘されて初めて私も気づいたのだが、私の場合、それを指摘された瞬間に「なーんだ」という思いがわき起こり、そのうちにじわじわと「やはりそうだったか!」という感動が押し寄せてきた。

もったいぶらずに明かすと、ここで用いられている「自由」は、いわば「私立」の意味で使われているのであって、ヴァルドルフ教育の内容に関する主義主張とは一切関係がないということなのだ。つまり、ここでの「自由」は、国家等から独立した自主教育機関であるということを謳っているに過ぎない。

私たちは「自由」という言葉に弱い。ついつい、思い入れたっぷりに「自由○○××」と掲げたくなるのであるが、ここでは「私立」とか「自主」と書いた方が本来の趣旨に近いということをしっかり意識しておきたい。なぜならこのことは、ルドルフ・シュタイナーの社会論に照らしても、非常に大きな意味があるからだ。

「精神活動」「法活動」「経済活動」の記事で少し触れたが、ルドルフ・シュタイナーの社会論では、社会における精神活動の領域の自立性が非常に重視されている。学校のような文化活動は、経済貢献に適した人材を求める経済界からの要求や、恭順的な人間を求める国家からの要求から、完全な自立を保つことがひとつの理想である。そのことが実現することによって、社会は、すでに存在している外的な要因に引きずられるのではなく、発展の要因を自らの内側に確立できるということなのだ。

2002年に小泉内閣の特区制度が火をつけ、藤野の学校法人シュタイナー学園の認可にひとつの結実をみた「教育の多様性の会」という動きがある。ヴァルドルフ学校というひとつの教育信条を超えて、あらゆるオルタナティブ学校の実現を目指す人たちが手を結んだこの活動の目的は、まさに日本において教育の自主独立の可能性を拓くことにある。

ヴァルドルフ学校が、そんな大きな社会の流れの一翼を担う活動として、意識して「自主」を謳っていくようになれば、ほんとうに素晴らしいことだと思う。

2007年08月24日

これで決まり、だね!

何気なくしたチョイス。何気なく発した言葉。

そんな何気なさのなかにすごい知恵が働くことがある。

このブログの名称、本当に何気なく選んだ言葉だが、日を経るごとに「これだ!」という思いが高まってくる。

ルドルフ・シュタイナーの社会有機体論は、社会を3つのパートに区分するという意味で、ドイツ語の原文ではDreigliederung(ドライグリーデルンク)と呼ばれている。Dreiは三で、Gliederungは区分とか分節を意味する。直訳すれば三分節(この訳は高橋巖さんが採用している)とか三区分となるが、なぜか日本語では三層構造と訳されることが多い。確かに三分節や三区分よりは語呂がよいし、イメージを喚起する言葉だと思う。しかし、この訳には問題がある。ルドルフ・シュタイナーの語る社会の3つの領域の関係性は、階層構造をもたないからだ。

「層」という言葉にはもともと重なりの意味が含まれているから、その言葉から思い浮かべるイメージのなかにどうしても縦方向の関係性を感じてしまう。英語訳もThree foldingと、若干似通ったニュアンスを感じる。三層構造は、もしかしたら英訳語の語感から取ってきた翻訳なのかもしれない。

しかし、この3つの社会領域の関係に上下関係が入り込んでくることが不健康なのだ、とルドルフ・シュタイナーは言いたいのであって、関係性として見るならばむしろ「三つ巴」のイメージがもっともふさわしいと私は思う。

このDreigliederungの訳語をめぐって、いろいろ思いをめぐらせてきた。小貫大輔さんがフィリピンの活動家ニカノール・ペルラスさんの社会論の著書を訳そうと言いだしたときも、いい訳語がないかと知恵を出し合った。三分節、三区分、三領域、果ては三つ巴社会論というアイディアも(笑)。しかし、どうもしっくり来ない。

どうもこういうものは、井上陽水の歌のようなもので、探すのをやめたときになって見つかるものらしい。

三相至嘱?、三相至嘱?!、おっ、おお、をををっ! エウレカ、これだ! 三層構造ならぬ「三構造」。これしかないでしょう。

「相」にはフォルムという意味もあり、また性質という意味もあり、相互性という意味合いも含まれる。ルドルフ・シュタイナーの社会有機体論を示す言葉として、これ以上のものがあるだろうか。

というわけで、今日からは「三相構造」。ははっ、ははははっ! これはうまい。「ドライフトワンに合うワード」に認定だ! はっはっはっ。

ドライフトワン公国
エミール・モルツ王子

韓国にコネクショニストの友を発見1

金弘昌さん(右)と新妻由江さん(左)

韓国のヴァルドルフ学校「緑の森の学校」の先生、金弘昌(キム・ホンチャン)さんと新妻由江さんのフォーラム訪問(2007年8月19日)の報告をしたい。

金さんは物静かで、「まっすぐ」という形容がふさわしい好男子だった。ドイツでの学びを終えて帰国し、緑の学校に赴任してから1年半ほどしか経っていないという。昼食をまじえながら、4時間半にもわたった懇談を淀みなく通訳してくださったのは、同校の日本語教師、新妻由江さん。そして、韓国の大学での日本語教師の経験をもち、いまは日本に戻られた掃部惠美(かもん・えみ)さんも通訳のフォローをしてくださった(掃部さん、助かりました!)。午後からは、ヴァルドルフの幼児教育者トレーニングにも講師として関わっている金さんの希望で、日本シュタイナー幼児教育協会から役員の松浦園さん(ヴァルドルフキンダーガルテンなのはな園教師)も駆けつけてくださった。

私たちはじつに多くのことを話し合った。なかでも、アジアの縦社会のなかで個と共同体の関係をいかに健全につくっていくかという課題意識が、彼の活動の基底をなしていることがわかり、たいへん嬉しく思った。そのことは、別の機会に書くことにして、今回は緑の森の学校について面白いと思ったことをいくつか紹介したい。

韓国のアントロポゾフィー・人智学運動は、日本の活動の草創期に似て、全体の様子が把握できる状況ではないようだが、ヴァルドルフ学校は少なくとも2校存在する。ひとつは対案学校(後述)として5年前にスタートした緑の森の学校で、もうひとつは制度的な縛りのない完全な自主運営校であるという。

対案学校というのは日本で言えばフリースクールという扱いだが、教育制度的な裏付けをもっている点が日本のフリースクールとは異なっている。世界の教育制度の研究者である永田佳之さんや古山明男さんによれば、韓国の教育制度は多様性に対する取り組みの面で日本よりもずっと先進的な位置を占めている(というより、日本の教育行政があまりにも保守的すぎるのだが。韓国の制度についてより詳しく知りたい方は、永田佳之著『オルタナティブ教育 ― 国際比較に見る21世紀の学校づくり』〔新評論2005年〕を読まれるといい。また、教育の多様性の会での古山さんの発言も参考にしてほしい)。

2007年08月25日

韓国にコネクショニストの友を発見2

左端が日本シュタイナー幼児教育協会役員の松浦園さん、中央は飛び入り参加の年綱秀夫さん(ヴァルドルフの教員養成で修行中)

さて、緑の森の学校だが、この学校が対案学校として始まった背景には、この学校を特徴付けている興味深い実践への希求があったという。それは、いわゆる健常の子どもたちと障がいをもつ子どもたちが同じクラスで学ぶ「統合教育」への取り組みだ。これは、韓国の国内でも希有な試みであるばかりか、世界のヴァルドルフ教育の流れのなかでも数少ない試みに入る。治療教育という分野が早くから確立されたアントロポゾフィー・人智学の世界では、統合教育への流れが大きくなる余地がなかったことがその理由だろう。

緑の森の学校では、定員の1割までなんらかの障がいをもっている子どもたちを受け入れる方針だという。クラス担任は原則としてひとりで、副担任は置かず、その代わりに専門のトレーニングを受けた教師(アントロポゾフィーの治療教育ではなく、韓国で一般的に取り組まれている特別教育の教師)を置いて、各クラスのニーズに応じてその教師が臨機応変に対応しているという。この方法で授業がきちんと成立するのはすごいことだと思う。日本でも栃木に統合教育を目指したヴァルドルフ学校があったが、様々な事情で、継続が難しくなったようだ。

まず統合教育という大きな目標があり、その上でヴァルドルフ教育という方法論が援用されている。これが緑の森の学校のイメージではないかと、金さんのお話から印象づけられた。金さんは、この学校方向性に大きな可能性を感じていると言い、統合教育への方向付けのなかでコリスコ会議に意義を見出しているとも語った。

コリスコ会議というのは、最初のヴァルドルフ学校の校医だったオイゲン・コリスコ医師が提唱した医学の教育的なアプローチを継続・発展させていくために、教師、医師、父母、療法士、治療教育者たちが専門領域を越えて対話を重ねていく国際カンファレンスだ。アジア地域でも、2006年にインドとフィリピンで開催されている。

統合教育に関わる金さんが、この流れに関心をもつのは自然なことだと感じる。「コリスコ会議を日本と韓国が協力して開催したら素晴らしいことだと思います。手を携えれば、物事はより容易に実現できるのではないでしょうか」と、金さんは投げかける。松浦園さんとの話しあいでも、日本シュタイナー幼児教育協会と韓国の幼児教育者養成グループとの交流を前向きに検討していこうと、意気投合した。翌日からは藤野のヴァルドルフ教師の集いに合流し、日本の学校との交流の道を探られるのだろう。

韓国と日本のヴァルドルフ学校とヴァルドルフ学校、幼稚園と幼稚園、そして国際会議の共催。金さんの視点ははじめからおわりまで「手をつなぐこと」から離れることがなかった。うん、面白い。

韓国にコネクショニストの友を発見。貴重な出会いの一日だった。


* 緑の森の学校のプロモーション・QuickTimeムービーを預かった。とても生き生きした映像で、統合教育の一端もかいま見えて面白い。見てみたい方は、ご連絡ください。

由紀ママ&陽一パパ


陽亮の洗礼の父母になってくれている、オイリュトミストの松山由紀さんと宇佐美陽一さんが訪ねてきてくれた。陽亮を連れて出迎えると、「大きくなったね、しっかりしたね」。春先に会って以来の陽亮の一挙手一投足に、感嘆の声が上がる。

久しぶりの再会を喜びあい、アルファの卒業を祝い、ひとしきり歓談した。卒業公演を終えて一息つくことができた松山さんだが、また少しほっそりしたようだ。熊本の大学教授になった宇佐美さんは、学生たちとの交流の新鮮な体験をたくさん語ってくれた。

その後、ふたりは陽亮の散歩に付き合って、近所の公園までベビーカーを押してくれた。

折しも街は、夏の終わりの諏訪様の祭の準備でにぎやかだ。公園にも御輿の待機所が設けられ、盆踊りのやぐらが組まれている。まだまだ夏の日差しは続くが、この祭が来ると、毎年秋の足音を間近に聞く思いがする。

紅白の幕で囲われた公園の隅にベビーカーを停める。陽亮を膝に載せ、ブランコをこぐと、視界のなかに薄日の差した淡い青空が入ってくる。陽一パパも交代で陽亮をゆらしてくれる。

ゆく夏や 祭囃子に 憂いあり

松山さん、秋に向けてしっかり食べて、力をつけてください。宇佐美さん、秋からまた若い力を元気に導いてください。

ひととき集い、また散っていく人と人の小さな結び目。この結び目のひとつひとつが、おさなごたちの未来に向けて大きな世界を編んでいくのだろう。


*明日(8月26日)は午後2時から、私たちの古い仲間、横浜シュタイナー学園のクラス担任・長井麻美さんの「私の学びの道」を聞く集いをもつ。

2007年08月27日

子ども時代のためのアライアンス・ブラジル大会報告会

2007年7月にブラジルで開かれた子ども時代のためのアライアンス国際大会の報告会を、広島の定者吉人さんを囲んで開く。

ブラジルの会議の熱気に触発され、報告者の定者さんも意欲満々。眠れる(?)日本のアライアンスの今後を考える集いともなりそう。

子ども時代のためのアライアンス国際会議 in ブラジル報告会
(子ども時代のためのアライアンスの集い)

テーマ「集い、話し合うこと。人権に根ざした子ども時代の運動づくり」

2007年9月2日 18:00~
オープンフォーラム早稲田
http://www.forum3.com/01/access.html
報告者:定者吉人さん(弁護士)
参加費:任意の寄付(会場費を賄います)

当日飛び入りの参加もOK(なるべく事前連絡していただけると助かります)。

「子ども時代」:時間と場所を共有することの大切さ

9月2日、子ども時代のためのアライアンスの国際大会の報告に広島からやってくる、弁護士・定者吉人さんからメッセージが届いた。以下、定者さんのメッセージ。


みなさん
お元気ですか。

私は、この7月に、ブラジル、サンパウロで開かれた「子ども時代のアライアンス、コア・ミーティング」に参加してまいりました。懐かしい、ウテさんと会うことができ、うれしかったです。

今回の「コア・ミーティング」は、主として南米での、アライアンスの今後を考える、という狙いがあり、ブラジルはもちろん、ペルー、チリ、アルゼンチンから参加者がありました。イギリスからは、アライアンスの提唱者の一人、クラウダーさんが参加され、いろいろとアドバイスをしておられました。

1日目に、自己紹介をし、互いの活動状況の報告をしあった後、2日目にかけて、今後のアライアンスの活動はどうあるべきか、につき、グループに分かれて討議をおこなうなどして、意見を出し合いました。2日目は午後から、モンチ・アズールの見学などに出かけました。3日目、4日目は、クラウダーさんの講演会や、子ども時代についてのシンポジウムが行われ、これに参加しました。3日目のクラウダーさんの講演会の際は、500人以上も入る大きな会場が満席になり、びっくりしました。5日目(最終日)には、参加者それぞれが、感想を述べました。今回の会議に参加して自分は一人じゃないとわかった、思いを同じくしそれぞれに取り組みをしている人がこんなにも多いことを知ったことが何よりの収穫だった、時間と場所を共有することの大切さを感じた、などの意見が印象に残っています。

時間と場所を共有することの大切さは、日本でも変わらないと思います。そろそろ日本でも、アライアンス会議をしませんか。

定者 吉人


2007年08月29日

ルドルフ・シュタイナーの経済論1

ある方から、経済についての本の編纂に参加しないかと誘いを受けた。三相化社会論とともに取り組んできたテーマなので、とても嬉しく思い、すぐに参加の意思をお伝えした。

社会有機体論の話題もまだ書きかけだが、並行しながら、経済論についてもここに書いていきたいと思う。以前、環境問題との相関関係において経済についての小論を書いたのだが、友人から「よくわからない」と言われたこともあり、なんとか「わかる経済論」を目指したいと思う。皆さんからもぜひ突っ込みをお願いしたい。

まずはルドルフ・シュタイナーの経済学を大きく俯瞰してみよう。

一般的な経済学は、経済の活動のなかにただひとつの循環を見る。商品の生産、流通、消費、そして再生産…という循環だ。これはルドルフ・シュタイナーの経済論でも同じことだが、その循環と対をなすもうひとつの大きな循環の存在に気づき、そのふたつの大循環の相関性において経済の本質を捉えていくところがルドルフ・シュタイナーの経済論の特徴のひとつだと思う。

その、もうひとつの大循環とは、経済活動に注ぎ込まれる人間の精神活動の循環のことである。

経済の原点は、自然からとられた物資をお互いのニーズに従って単純に交換するところにある。しかし、人間の営みが複雑になるに従い、単純に自然からとってきた物資に手を加えて、より大きな価値を商品に付与することで、経済に新しい要素が加わることになった。物資の原価に上乗せされる付加価値として表現されるもの、それは人間の才知であり、精神活動である(人間の労働を精神活動の領域に位置づけることができる点については、また後で触れる)。ルドルフ・シュタイナーは、この付加価値=人間の才知の循環に目を向ける。これをここでは「経済の精神的循環系」と呼ぶことにしよう。

経済の物質的な循環は、自然から物資が採取され、商品が生産され、流通され、消費され、それがふたたび自然に還るところで一巡する。一方、経済の精神的循環は、人が教育を受け、自らの才能を伸ばし、その才能をもって経済活動に関わるところに源をもつ。経済の物質的循環系においての「自然」に相当するのが、経済の精神的循環系においては、三相構造でいうところの「精神活動の領域」だ。その才知が商品に付加価値として加わり、商品とともに流通過程にのって運ばれていく。そして消費者の手に渡り、物質としての商品は最終的には自然に還っていく。しかし、商品に加えられた付加価値はそこで消滅するのではない。

ここが経済の精神的循環の要となるところなので、次項でじっくりと考えてみたい。

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